第3話 夜空の魚

「私はこれまで様々な都市を訪れて参りましたが、その都市が夜ごとに見せる風景ほど美しい景色を見たことがありません。信じがたいでしょうが、その都市では陽が沈むと空と海とが逆転するのでございます。夕刻が訪れると空と海とが夕焼け色に染まりはじめ、彼方の水平線が深い橙色に溶け合います。そしてだんだんと夜の色が濃くなっていき、気付いたときには空と海とがすっかり入れ替わっているという寸法なのです。ですから、その都市では夜になると大空からさざ波の音が聴こえ、大地には満天の星が瞬いているのでございます。昼間、青く透き通った海を静かに泳いでいた魚たちは、夜になると尾ひれをしきりに振りながら気持ちよさそうに空を泳ぎます。夜の海は地球の外まで流れ出し、魚たちは朝陽が上るまで星の欠片をついばむそうです」


「その都市にはこんな言い伝えがございます。その昔、都市に住んでいた一人の少年が、夜ごと魚たちが気持ち良さそうに海を飛ぶ姿に憧れて、禁じられた夕刻なっても海で泳ぎ続けたそうです。やがて夜が来ていつものごとく空と海とが入れ替わり、少年は空に吸い込まれて姿が見えなくなりました。その後、朝陽が何度上っても、少年が再びその都市に姿を現すことはなかったそうです。けれども、少年のいのちを宿す「宿り木」は今でも毎年たわわに果実を実らせるので、帰り道を失った少年はこの宇宙のどこかを今でも泳ぎ続けているということです。彼は「夕陽に消えた少年」として、今では伝説のような、あるいは戒めのような存在としてその都市で広く知られることとなっております。その少年に捧げられた有名な一編の詩をご紹介しましょう」


魚たちは 夜

自分たちが地球のそとに

流れでるのを感じる

水が少なくなるので

尾ひれをしきりにふりながら

夜が あまりに静かなので

自分たちの水をはねる音が 気になる

静かにきこえやしないかと思って

夜をすかして見る

すると

もう何年も前にまよい出た

一匹の水すましが

帰り道にまよって 思案もわすれたように

ぐるぐる廻っているのに出会う

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