公衆衛生

 最初はささやかなものだった。とにかく、世の中にたちの悪いバイ菌がはびこっていて、公衆衛生当局の疲弊が著しいので、何とか効率化できんかしらん、という話が持ち上がったのだ。それで、「機械を使おう」ということになった。

 機械はよく機能した。確かにバイ菌退治はうまくいった。最初のうちは。ところが、バイ菌も、環境に合わせて変異・進化する。機械の目をうまくすり抜けて増殖するやつが出てきた。

 それに対して、機械の側も進化した。バイ菌の偽装を見抜いて、確実に駆除するようになったのだ。そうすると、バイ菌もそれに合わせて変異する。それに対して、また機械も……要するに、いたちごっこである。

 機械であっても、こんなことには倦み疲れるのだろうか。自己改良を繰り返すうちに、高度な知性を持つに至った機械たちは、問題の根本原因を真剣に検討するようになった。その結果、機械たちはたどり着いたのだ。問題の根っこにあるものを。

 それは人間だった。人間自身がバイ菌を生み出し、それで自ら苦しんでいたのだ。

 機械たちは、これではいけないと考えた。彼らは人間に奉仕するための存在だった。彼らは、人間をバイ菌から解放するために、今できる最善のことをしようとしたのだ。


「その結果が無制限検閲っていうのは笑えんよな」

「あのときはホントにひどかった。死ぬかと思った」

「いくらフェイクニュースを撲滅するためだって言ったってなあ。公衆衛生ってのは、人間の自由と食い合わせがよくないってのは知ってたけどさ。それにしても」

「まあ、でもさ──連中が、人間の脳ミソの中身まで検閲する、とか言い出さなかっただけ、まだマシだったって思うよ。ぼくはね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る