ファミリー・ビジネス

 おれたちの商売に必要なのは、細胞だ。毛根でも皮膚片でもいいんだが、とにかくある程度まとまった量の細胞が必要になる。もちろん、ヒトの細胞だ。けど、誰の細胞でもいいってわけじゃない。基準があるんだ。端的に言うと、とびきりの金持ちのヒトの細胞が欲しいのさ。セレブの細胞が。あるいは、金持ちが後生大事に抱え込んでる、金の卵を産むガチョウの細胞でもいい。ああ、ガチョウってのはもののたとえだぜ?

 正直言うと、この工程がいちばん難しいんだよ。ああいう金持ちってのは、あんたらが思ってる以上にセキュリティに気をつかってるし、それにコストをかけることを惜しまない。中小国の防衛予算並みの金額をセキュリティに費やしてる偏執狂パラノイアもいるくらいだ。そうやって、カネにあかして揃えた、とびきりの保安要員と、最新の警備システムをかいくぐって、セレブの生きた細胞を盗み取るには、いろいろ工夫が要る。どういう工夫かって? そりゃ、企業秘密だからな。ぜんぶ教えてやるわけにはいかねえよ。ただ、おれたちにも、それなりに協力者はいるってことは言っておこう。で、セレブ連中には、身の回りの世話をするヒトが大勢いるっていうことも、な。あとは自分で考えてくれ。

 そうやって、おれたちの手元に、冷凍保存されたセレブのヒトの細胞がやってくる。これがおれたちの商売道具になるってわけだ。だが、そのままじゃ使いものにならねえ。加工が要るんだ。──iPS細胞技術って知ってるよな? 今から何十年も前、日本のめちゃくちゃエッジな科学者が発明した技術だ。ああいうエッジな科学者も、おれらの金づるになるんだが、まあそれはいい。今じゃiPS細胞技術なんて珍しくもない、あんただってその成果物の世話になったことがあるはずだ。そういう珍しくもない技術だから、おれたちもその技術を使って、手元の細胞を加工することができる。つまり、必要な遺伝子セットを導入することで一旦体細胞を脱分化して幹細胞に戻し、それから適切な誘導処理を行って、神経細胞なり筋肉細胞なり何なりに再分化させるわけだ。……おい、あんた、理解できてるか? もう少しわかりやすく説明してやろうか? OKか? 何だったら、ウチの上の息子か娘に説明させてやってもいいぜ。自慢じゃねえが、出来がいいんだよ。タネがいいからな!

 おっと、親バカかましちまったな。で、こっからが重要だが、おれたちが欲しい細胞ってのは、要は生殖細胞なのさ。精子と卵。おれたちは、盗み出したセレブの細胞を、精子や卵に加工する。まあ、大抵は精子だな。セレブのオスってやつぁ……いやもうホント、方々でとっかえひっかえ、やりまくってるやつが多くてさあ。おかげでおれらもこの商売を継続的にやってられるんだけど、まあ、呆れちまうよな。カネと権力をつかんだヒトってやつは、どうしてあんなにアレをやりまくるんだろうな? あれだけはわからねえ。おっと、脱線。とにかく、おれたちはそうやって、生殖細胞を手に入れる。それを、適当な卵なり精子なりと組み合わせ、受精卵を作り、それを代理母サロゲート・マザーのお腹の中に入れて……あとは、オギャアと赤ん坊が生まれてくるのを、首を長くして待つのさ。

 赤ん坊が生まれてきたら、おれたちはセレブ連中のところに、おそれながらと手紙を送る。手紙ってのはもののたとえだけどな。これもなかなか技術が要るんだ。セレブ子飼いの腕利き連中、元はCIAかMI6かFSBかモサドか知らんがね、そういうやつらにもこちらの居場所を探り当てることができないように、あれこれ工夫した上で、ってのには、うんと繊細センシティブでなけりゃならないのさ。でなけりゃ、今日まで生き延びることは、まあ、できんかったわな。ずいぶんヤベえ思いもしたもんだよ。詳細は省くけどよ……まあ、ひとついえるのは、欲はかきすぎないってことさ。際限なく欲しがれば、代価も当然跳ね上がる。で、大抵、最後に支払うのはてめえの命ってことになるわけよ。……笑ってやがるな。おれみたいなやつがこういうこと言うのはおかしいだろうけどよ。こういう概念を理解するには時間がかかったんだぜ。

 まあいいや。要は、おれたちは、下半身のだらしねえセレブ連中の悪癖を利用して、連中のおサイフからちょいとばかし小遣いを巻きあげてるってコト。大金は要らない。生きてくのに必要なぶんと、ちょいとプラス・アルファのカネがありゃあいい。それでも、世間の連中からすりゃ、とんでもねえ金額だけど、やつらからすりゃ、はした金さ。その程度のカネで、恐喝屋が黙ってくれりゃ、特に問題ねえってわけ。こっちも、そういう“良識的”なやつを選んでるしな。ヤベえのはハナから願い下げよ。この商売をはじめたのはおれらが最初じゃないが、今日まで生き延びてこられたのは、おれらを含めて一握りもいない。大抵のやつは、やりすぎるんだよ。てめえの賢さを過信しすぎて、肥溜めにダイブしちまうんだよな。てめえの思いついたうまいビジネスに固執しすぎて、退きどころがわからなくなったやつもいたっけな。

 その点、おれたちがうまくやってこられたのは……運もあるけど、まあ、そればっかに依存してねえから、だろうな? 今じゃ、恐喝なんてほとんどやってねえんだ。実をいうと。もっといろいろなビジネスをやっててな、そっちの方が儲かるのよ。恐喝で稼いだカネをうまく投資したのさ。最近はオーガニック大麻マリファナビジネスが当たってよ……まあ、それはいいや。

 あんた、聞きたいんだろ? そうやって、おれらがこさえたガキはどうなったって? くそまじめなジャーナリスト様だもんな、気になるよな。人身売買組織に売り飛ばした? それとも臓器屋行き? いーや、違う。そんなこたあ、最初から考えてねえ。よく考えてみろよ、何つってもタネはいいんだ。ポテンシャルは高いってことさ。で、そいつらにちゃんとした教育を施してやれば……。

 ヘイ、みんな、お客さんにご挨拶しな!

 なあ、どうだい。みんなかわいいだろ? な? おまけにみんな出来がいいんだ。いちばん上のガキはもうすぐ18になるが、どえらいコンピュータとバイオサイエンスの天才だ。おれの教育もよかったんかな? とにかく、今じゃウチいちばんの稼ぎ頭よ。いちばん下の娘はVチューバービジネスで一山当てた。まだ10歳にもなってねえが、もうそこらの企業重役よりカネを持ってるぜ。他の子どもたちも大したもんだ。それで、おれたちはあっちこっちの合法・非合法のビジネスに首ツッコんで、がっつり稼いでるってわけ。

 え? 幸せかどうか? そうだな。そういうことはあんまり考えなかったけど……まあ、幸せ、なんじゃねえか? おれはヒトじゃねえから、ヒト基準で幸せを考えることはできねえけどな。でもまあ、悪くないよ。野良AIにしちゃあ、悪くない。血はつながってなくても家族ってもんがあって、十分にカネを稼いでいて、未来を考えることができる。

 ファミリー・ビジネス万歳、ってところだな。

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