第2話 髪を切りながら

2018年9月

お客さん、名前聞いてもええかな。

もう3回目やし、お客さんって、いつまでも声かけるのも、よそよそしいし。

うちは、オガタ アオイ言うねん。


あ、はい、もちろん。

僕はシノハラ ヤマトです。


ヤマトって、どんな字書くん?


大きい、平和の和です。大和朝廷の。


ヤマトチョウテイ、むっちゃ懐かしいわ。

日本史の最初の頃だけ好きやってん。卑弥呼とか、神武天皇とか。神話みたいで。

崇神天皇のスジンって、音がいいんよね。わざわざ奈良のお墓、見にいったもん。

※ ※ ※


シノハラさん、

夏の間、全然外に出えへんかったやろ。

毛穴が全然開いてないもん。

青白い顔してるし。

ちゃんとご飯食べとん?

朝食はパンなん?ご飯なん?


朝はコーヒーだけです。


最悪やん。昼は?


コンビニのサンドイッチと、コーヒー。


またコーヒーや。それで夜は。


先輩と飲みに行く以外は、コンビニの弁当かおでんとか。


もう、どこまでコンビニに一途やねん。

アカンわ、そんな食生活しとったら、30年後にツケが全部返ってくるんやで。

つむじ4つもあんのに髪の毛に栄養あげんでどうすんの。

アカン。

いくつかおすすめの食堂教えたるから、せめて夜はそこで食べて。

約束やで。

今度、来たときに、食レポしてもらうから。メモとっておいでな。

※ ※ ※



2018年12月

ルミナリエきれかったやろ。点灯の瞬間、観れたん?


きれいでした。感動しました。


そやろ、あれは最初に点く瞬間が一番ええねん。


人もすごかったです。


もう、冬の風物詩やから。

インスタ映えやしな。

それに、やっぱりあの光は、鎮魂の祈りの光やからな。


震災の、、、


そう。


ひょっとして・・・


ううん、身内はみんな大丈夫やったらしいねん。

うちは小さかったし全然覚えてへん。

でもなぁ、高校で知り合った友達のお父さんがな、あの日亡くなりはったって聞いてん。

そしたら、その子のお母さんがな、

よう頑張りはったんやなあ思たら、涙出てん。

お正月は横浜帰りな。

お母さんに元気な顔見せなアカンで。

※ ※ ※



2019年5月

ヤマトくん、初めて来てくれはってから、もう一年やね。

神戸での生活、もう慣れたやんな。


実は、居心地よくなってしまって。

本社に戻らないかって声かかったんですけど、しばらくこっちにいますって延長したんです。


そうなん。


よかったぁ。

神戸のこと好きになってくれて。


アオイさんのおかげです。


美味しいお店もいろいろ教えてもらって、ほんと、こっちの食事って安くて美味しくて。

なんか、味に気持ちがこもってる感じがして。


今まで食べた神戸飯で何が一番好きなん?


どうしても定期的に食べたくなるのは金丸食堂のとん平焼き定食です。

あのソースがクセになっちゃったかもしれません。


なんや、神戸牛とか、絶品のカレーとか、いっぱいあるのに、とん平なん。

でも、わかるわ、あのソースな。

他に、行きつけの店とかできた?


ブルーボトルコーヒーでいつものんびりしてます。


あぁ、あの居留地のオシャレなカフェな。


アオイさんは、休みの日はどうしてるんですか?


うち?

うちは映画館に一日おるで。

大丸の隣のシネ・リーブルで、映画のハシゴや。


誰と行くんですか。


そんなん一人やん。

うちの休みは月曜日だけやし、そんな映画のハシゴに付きおうてくれる人おらんもん。


彼氏、は・・・


彼氏?

彼氏はいっぱいおるけどなあ。

3歳のケンちゃんから、89歳のトモゾウさんまで、10人くらいやろか。

散髪くるたびに、アオイちゃんラブやて、モテモテやもん。

※ ※ ※



2019年9月

アオイさん、しばらくお店、開いてなかったですよね。

どうしたんですか。


ごめんなぁ。

おじいちゃんの調子がよくなくって、病院に行っとったから。


大丈夫だったんですか。


うん、もう大丈夫。

おじいちゃんがな、この店、別に続けんでええで、売ってもええとか言うから説得しててん。

ちっちゃい時から、ずっとここで大きなったし、ここがうちの居場所や。

何より、うちは、ここでいつも来てくれはるお客さんと話すのが好きやねん。

散髪の間の30分、1時間、話するやろ。常連さんで、長い人やったら何十年も。

その人の人生を、一緒に過ごさせてもらう感じやん。こんな素敵な仕事ないもん。

だから、ずっと尾形理容室、続けていくねん。


実は、会社から、本社に戻れって辞令が出たんです。

来月から東京に戻ります。


そうなんや。

せっかく神戸好きになってくれたのになぁ。

むっちゃ淋しいわぁ・・・


僕も戻りたくないです。

また、きっと散髪しに来ます。

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