47(第3章完). いざ、次なる旅路へ
「思えば、不思議なもんだよな。なんで、アタシ……『親はどこかに居る』なんて、確信してたんだろうな……って」
その夜、シムリはギィが今宿泊している宿屋にいた。
部屋のグレードは最高級。
『クリムゾン』を討伐したギィへの、宿屋の厚意によるものだ。
元来身軽なギィは、全ての荷物を頭陀袋二つにまとめている。
部屋の片隅にある、いつかのウルフベリーを詰め込んでいた頭陀袋をみて、少しだけ懐かしい気持ちになるシムリ。
一人で寝るには少し大き過ぎるベッドに、ギィは座って天井を仰ぎ見ていた。
シムリは部屋の中心にあるテーブル席に座っていた。宿の店主が持ってきてくれたお茶をしみじみと飲む。
「物心ついた時から研究施設にいて……まぁ、確かに研究室で生まれてても、アタシは気がつかないかもな」
「そんなもんかも知れないですね。僕も、幼い頃の記憶なんて無い訳ですし」
「とは言え、まさか自分が『クリムゾン』対策の為だけに生まれた試験管ベビーだなんて、思うか? 名前まで、G-1だから
ギィの声にはどことなく覇気がない。
視線も茫洋と定まらず、貼付けたような上っ面の笑顔でシムリを見つめている。
シムリは小さく首を横に振って答えた。
茶を一啜りする時間の猶予の間、シムリは何を言うべきか考えた。
しかし、大した言葉は思い浮かばない。
ギィの夢は、本当に……本当に思わぬ方向から崩された。
両親が既に死んでいた、と言うのなら墓を参る事も出来ただろう。
両親がギィを嫌悪していた、と言うのなら、喧嘩する事も出来ただろう。
だがそもそも、両親が存在しないのだ。どんな感情も、ぶつける先が無い。
「その『クリムゾン』も殺して、復活まではあと50年くらいか? その頃には、アタシもババアで、前線にゃ立てん。て事で、マジな話アタシが生まれた目的はもう果たされたって訳だな。生きてても、もうやる事なしかぁ」
「……そんな言い方、良くないですよ」
シムリは初めて、ギィに口を挟んだ。
ギィがシムリを見つめるが、その視線にはやはり、いつものキレはない。
「んだよ、アタシの言ってる事、なんか間違ってるか? アタシは兵器として生まれたんだぜ? そんで、アタシの人生の唯一とも言える一大イベントがこの間終わっちまった。やろうとしてた、自分のルーツ探りだって、イタカのせいで強制終了。もうアタシには、なーんもねぇさ」
「確かに……ギィさんの夢は、終わったのかもしれない。生まれた意味は、果たされたのかもしれないです」
自分で言っていて、シムリは言葉を上手く繋げる自信が無かった。
それでも、話をしなければ。ギィは自暴自棄になってしまうかもしれない。
シムリは必死だった。
「でも、生まれた事に意味がある人なんて、この世には居ない。ギィさんはたまたま、それを持って生まれたかもしれません。でも、それが終わったからと言って、まだ人生は終わらないんです。また何か、別の目標が見つかるものです」
「……知ったような口聞きやがるじゃねぇか」
「これでも、一時期は死にたくなる程人生イヤになった事がありますからね。僕は、そう思いつつも、死なずに生きて……ギィさんに、夢を貰ったんです。生まれてきて良かったと思った事はあんまりないですが、あの時僕は生きてて良かったって思えた」
シムリはいつしか立ち上がっていた。
胸を張って、ギィを見つめて、満面の笑みを作った。
「ギィさん、約束したでしょ。僕との冒険は、まだ始まってもいないんですよ。勝手に一人でドロップアウトなんて、絶対にさせませんからね?」
シムリの強気な言葉に、始めはギィもきょとんと目を丸くしていたが、やがて頬を膨らませはじめた。キメ顔で固まっていたシムリの顔が紅潮し始めた頃、耐えられなくなったギィは思い切り吹き出して、腹を抱えて笑った。
「何カッコ付けてんだよこの不細工エルフがよぉ! 『ドロップぅ、アウトなんてぇ、ぜぜ絶対にぃ、させませんからね〜ん』キリッ! デカい口叩くようになったなぁペド野郎の分際が!」
「そ、そこまで言う事ないでしょ!」
励まそうと思ったのに、なんて言い草だ。シムリは反駁したが、当のギィは手を叩いて笑うばかり。ひとしきり笑った、とばかりにベッドに仰向けで寝っ転がり、深く息を吐いた。
「……大体なんだお前、アタシが冒険者辞めるとでも言い出すと思ったか?」
「え……違うんですか?」
「バッカお前、イタカのあんなトンデモ科学話をガチのマジで信じるアホゴブリンがどこに居ンだよ。そう言うのは、自分の目でしっかり見てからじゃねぇと納得しないタチなの、アタシは!」
思いっ切り泣いてたくせに何言ってるんだこの人。
引いているシムリにはおかまい無しに、ギィは全身をバネにしてベッドから跳ね起きると、そのままの勢いでシムリの肩の上に肩車で乗っかった。
先程までの大人しかったギィは見る影も無い。ギィは、思い切り拳を突き上げて言った。
「目指すは『セカンド』の町外れ、『新世代魔術研究所』の跡地! まずは実地検分、そんで元『新世代魔術研究所』の関係者を探すぞ! まだ逮捕されてねぇなら、自分達の罪を死ぬ程後悔させてやる! 警察の真似事してたギルド職員共なんかで当てになるか、アタシは自分で自分の真相を暴いてやらぁ! ビビってる場合じゃねぇぞシムリぃ!」
「は、はい!」
「そうと決まりゃぁ決起会だ! カバリの店行くぞ! アイツともしばらくお別れだからなぁ!」
肩車をしたまま、シムリとギィは夜のファーストの町の往来を駆け抜けていた。すれ違う者達からは奇異な目で見られたが、いつしかそれも気にならなくなっていった。
ここは、間もなく古巣になる。
ならば人目など気にした所で意味は無い。
「見てろよぉ! アタシみたいな使い終わった兵器だって、人生謳歌できるって証明してやるからなぁ!」
「見てろって、誰に言ってるんですか!?」
「バッカお前!」
頭上から拳骨が一発降ってきた。シムリが見上げると、ギィは満面の笑みだ。
「お前以外に誰が居んだよ、ずーっと見とけよな!」
シムリとギィが、二人で馬鹿笑いをしながら町を駆けていく。
きっと将来、『シムリとギィのバカ共は騒がしい連中だったな』などと語り草にされてしまうだろう。
そんな噂をされる程までの大物になれる。
いや、『クリムゾン』を倒したんだから、もうなってるのかも?
シムリは、より一層、声を高くして大笑いをしていた。胸の中にある一抹の不安を、払拭するかのように。ギィは、『クリムゾン』を討伐するための、いわばカウンターとして誕生した者だ。
『クリムゾン』へのカウンターを用意した連中は、まだ捕まっていない。
そして……彼らが用意したカウンターは……『クリムゾン』に向けたものだけなのだろうか?
シムリは、自分ではまだ認めていない確信がある。自身の特性と得意な魔術は一体なんだ?
エターナルの一柱である『フィーンド』は毒と死霊を操る。
そして、自分は……。
「いやいや、まさかね」
シムリは自身の不安を無理矢理押し出した。
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