42. 悪竜の末路
ギィの作戦は単純。囮役がおびき寄せ、町の中央広場に誘導。冒険者達が防戦をしながら、『クリムゾン』の身体の位置を、砲弾の軌道上に持ってくる。
あとは、機械的に砲弾を大砲から発射すれば良い。狙い等は定めていない。何せ『クリムゾン』自身が勝手に軌道上に入ったのだから。
「やったか!?」
『クリムゾン』が目の前で、砲弾に打ちのめさせるのを見た冒険者の一人が思わず叫んだ。
「『エターナル』と言えど三発も鉄球をぶち込まれたらひとたまりもないぜ!」
霧で周囲を覆っていた老魔術師が豪快に笑った。
背後のギィがうげー、と舌を出しているのがシムリには分かっていた。
冒険者の忌み言葉。なるほど、言い得て妙だ。
まるで彼らの言葉がトリガーであるかのように、『クリムゾン』は身じろぎをし始めた。
所詮、急所を狙う事の出来ない砲弾では、致命には至らなかったのだ。
「チッ、まだダメか……!?」
『クリムゾン』の左前足は、吹き飛んだ衝撃でへし折れて、明らかに異常な方向に歪んでいる。更に胴体は大きくへこんだ上に石片が幾重にも突き刺さり、口からは血反吐が滴っている。
だが、そこまでだった。重傷ではあるが、命を奪うのには足りなかったのだ。
その瞳はまだ、闘志と殺意を宿している。
まるで自身を鼓舞するかのように嘶いてみせた『クリムゾン』は、背中の翼を大きく広げて、群がっていた冒険者達を、蜘蛛の子を散らすように弾き飛ばす。
そして、シムリの鋭敏な感覚が感じ取ったのは、一点に集中する視線。
背中で歯ぎしりをしているギィが、ふと息を飲んだのを感じる。『クリムゾン』は、ギィがこの作戦を指示している事に気づいたらしい。
「……やべぇ」
シムリは既に後ずさりを始めている。
『クリムゾン』に敵意ある攻撃は効かない。
最早、こちらのタネはバレてしまった。
大砲3基の軌道上に立つ事は無いだろう。
つまり……『クリムゾン』を討伐する手段はもう無い。
逃げ出すしか、ない。
だが、恐らく『クリムゾン』はもう何者をも見逃すつもりはないだろう。
血走った目玉。怒りに震えた『クリムゾン』の翼が、逆さまになった三日月のように大きく湾曲した。
そして、それを空間に叩き付けるようにしならせると、一直線にシムリとギィに向けて突撃してきた。
幾重にも並んだ鋭い牙が今シムリに向けて襲いかかる!
「……なんちゃって」
ギィは舌を出してウィンクをしながら、おどけてみせた。クリムゾンの瞳には、その姿が確かに映った。そして、もう一つ、その瞳に巨大な影が映り込んだ。
「ブッ潰れろぉ!」
冒険者達の雄叫びは、最早歓声に近かった。
『クリムゾン』が見上げた先には、鬼神の如く恐ろしい表情をした巨大な戦士。
振り上げられた巨大な幅広剣が、怨敵を切り裂かんばかりに襲い来る。
否、人ではない。
これは、石像だ!
町の中央にそびえ立っていた『超越者ロカ』の像が、倒れ込んでくる。足下を爆破された前傾姿勢の『超越者ロカ』の像は、剣を振り下ろすかのように『クリムゾン』に覆い被さっていく。
押し潰される『クリムゾン』。
『クリムゾン』は、まさに断末魔と呼ぶにふさわしい絶叫を上げた。
「プランB、大成功ってな」
策は、大砲だけではない。むしろこちらの方が本命だった。
町の中央広場にそびえ立つ、超大質量を持つ巨像。その崩落に巻き込む。
大砲すら、囮。『クリムゾン』の注意を逸らす為の罠。
「この『超越者ロカ』さんも、本望でしょうね。自身の像が『エターナル』を殺した、となれば」
「どうかね。答えをあの世に聞きに行くのは、当分先になりそうだがな」
ギィは今度こそ力が抜けたのか、シムリの背中の上で弛緩して呟いた。
シムリの肩に、ギィの顎がちょこんと乗っかる。
ずっと背中に居た筈のギィの心音が、今更になって激しく鳴っていた事に、シムリはようやく気がついた。
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