4. 幼少期の思い出

 物心ついた時から、シムリはマリと共に育てられた。年の頃はほぼ同じだったが、双子ではない。シムリはマリよりも二ヶ月程早く生まれていた。

 シムリが、自分の父親と母親と妹と血がつながっていない事に気がついたのは、彼がまだ5歳の頃だった。その頃のシムリは成長が早く、まだ文字の読めないマリに絵本を読んでやったり、義父カザイーの仕事である農耕を真似て、自分で植物を育てたりしてみせた。


 たまたま義父の書斎で見つけた物語本を読んでいた時にふと気がついたのだ。双子の義賊が活躍する勧善懲悪の物語だった。そしてどうやら双子とは、通常同時に生まれた兄弟の事を言うらしい。自分とマリの差は二ヶ月。ただの兄妹としても、懐妊の時間を含めて考えにくい。

 それを悟ったシムリがカザイーに尋ねると、彼は驚いたように目を剥いたが、やがてシムリの頭を優しく撫でてあげた。


 「確かに、君の本当の両親は私達ではない。でも、シムリはそれが嫌なのか?」


 カザイーの問いは些か直接的だった。彼は自分の愛情の大きさを自ら悟っていたのだ。

 当然のように、シムリは首を横に振った。シムリもまた自分が、両親から十分に愛されている事を知っていたのだ。

 妹のマリにも「お兄ちゃんは本当はお兄ちゃんじゃないんだ」と言ってみたものの、当時の彼女がその言葉の意味を解す事はなく、ただただポカンと口を開けたまま首を捻るだけだった。


 血縁はなくとも、自分には家族が居る。シムリはそれを幸せに感じていたが、綻びが生じたのは彼が十歳になった頃だった。


 エルフの社会では、子供が生まれた年に、その家の庭に樹を植える。そして子供が齢十を数えるとそれぞれ自らの親は植えた樹の枝から弓を作って子供に渡す。

 狩猟の基本を覚える事は勿論、弓矢はエルフにとっての伝統武芸。歴史を繋いでいくためにも重要なしきたりだった。

 シムリとマリは、同じ樹の枝から作られた弓を受け取った。自分達より年上の友達連中が自慢げに弓矢で捕まえた野兎を見せびらかすので、シムリは早速自分もと受け取るや否やそのまま森に飛び出した。

 残念な事に、シムリには弓矢の才能は絶無だった。

 矢を番えようにも、太い指が矢筒に引っかかる。エルフに取っては雑作もない、彼方先の獲物を見つけるのも、シムリには出来ない。

 上手い事矢を番えて弓を引いたとて、矢は全くの見当外れの所にすっ飛んでいく。危なっかしくて近寄れない、とマリと友達連中に苦笑いされた。

 器用さで名高い種族エルフと言えど、不器用な者はいくらでもいる。義父のカザイーにもそう慰められた。


「私は弓が苦手だから、畑仕事を頑張るようにしたんだ。シムリも手伝ってくれるなら助かる」


 カザイーの優しい言葉さえも、結果としては何の慰めにもならなかった。

 集落では、エルフの長老達が週に一度魔術についての勉強会を開いてくれるのだが、シムリはそれに参加できないでいた。

 勉強会では実際に長老達が魔術を使ってみせるのだが、シムリがその場に居るとどうにも魔術が上手く発動しないのだと言う。

 「お前は精霊様に嫌われとる。魔術は諦めなさい」と、長老は明確にシムリを拒絶した。

 エルフが操る魔術は他方「精霊術」と呼ばれる類いのものだった。

 万物に宿り、目に見えない不可視の存在である『精霊』に祈りを捧げ、大気に満ちた魔力を通じて奇跡を起こす。

 精霊を介さない魔術も森の外には存在するとシムリは聞き及んでいたが、外界文化の流入を拒むエルフの集落に住む以上、シムリは手を出せなかった。

 尚悪い事に、農耕において精霊術は作物の成長の促進や害虫の排除などの中核を担う重要な技術であり、シムリはそこでも足手纏い扱いを受ける事になる。


「貴方には、きっと他に良い所があるわ」


 義母のシルキーの微笑みも、不思議と引きつっているように見えた。

 集落に住まう以上は集落の民に貢献しなければならない。シムリが出来る仕事は、道具の整備や狩猟隊の小間使いなどが主で、とても少なかった。

 シムリはその頃、仕事の合間によく山菜採りに出かけるようになった。母親の作ってくれる山菜を使ったサラダは、マリは嫌がるがシムリにとっては大好物だから。

 集団で統率の取れた動きをしなければならない狩猟や、共同で規則正しく作物を育てる根気のいる農耕と違い、山菜採りは孤独で自分のペースを守れた。


 この頃から、シムリは意図的に一人きりになるのを好むようになっていった。友達連中も段々とシムリとは顔を合わせなくなっていく。

 彼が集落に馴染めていない事は、誰も言わずとも認識している事であった。

 しかしそれでも、彼はまだ集落に受け入れられていた。


 その決定的な事件が起こったのは、シムリが15歳になったばかりの事だった。

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