400年の無念
『ウウウウウウウ』
と襲いかかってくる思念体の魔獣。実態は骨なくせに。体躯は大きく漆黒の犬のような姿で赤い炎のような目をギラつかせたヘルハウンドという魔獣だ。
俺はタカエを安全な所に運ぶ。とりあえずモーリッツに結界を張らせサオリ達と共に戦いを見守ることになった。
「ギルベルトさん!私も一緒に!」
「いや、危険だから!大丈夫、俺たちに任せてタカエはそこにいるんだ!モーリッツ頼んだぞ!」
「ふん!言われなくとも!」
俺はめちゃくちゃに暴走する思念体の魔獣と地下の岩壁の爪の跡を見る。
あれを食らったら恐らく身体はバラバラになり再生に時間がかかる。
お祖母様はホイホイ交わして霧になって避けた。
フランツは背中に羽を出して飛んで避けた。
父上と母上は霧になり姿を隠して隙を窺い手だけ戻して空間から
「えいっ」
「やあっ!」
と卑怯な感じでヘルハウンドの後ろ頭をちまちま殴っている。
エミ叔母さんは…地面に突っ伏して…既に死んだフリをして動かない。何しに来た!!上でフーベルト王子達と戦った方がマシだぞ!?
思念体の魔獣だから殴っても意味がないんだが…もう死んでるし。だがこちらにはダメージが溜まるという。
俺はタカエ達の前に立ち守るようにする。
ヘルハウンドは俺たちの周りに口から火をグルリと吐いて炎が囲んだ!このままでは焼け死ぬ!!
「ギルベルトさん!!」
タカエは結界から出ようとするのをサオリが止めた。
「出るな!タカエ!!」
俺はヘルハウンドに向かい
「おい!いい加減に成仏しろ!400年もこんな所でくすぶりやがって!!みっともなく残ってんじゃない!!」
と言うと
『お前に何が判るウウウウウウウ』
と吠えた。
「うるせえべ!!でも俺にも愛する者と別れなきゃならない気持ちは判るべ!400年もこんなとこで待ってても絶対に400年前の聖女は戻ってこねさ!!判っている筈だべさ!例え聖女が向こうの世界で死んでも…この世界には来れないべ!魂すらも!!」
と俺か叫ぶと…ヘルハウンドはジッと俺を見て唸る。
『お前…お前も……そうか…もう400年経ち、次の聖女召喚が行われていたのか…』
後ろの人間のタカエ達を見てヘルハウンドは火を消し大人しくなり犬の姿から人の姿の思念体に戻った。めちゃくちゃ美丈夫の紺色の髪の青年魔族だった。
お祖母様達も降りてくる。エミ叔母さんはちょっと顔を上げてこちらを見た。
『400年前…妖精の女王ティターニアはこの異界への扉が開く時に魔族の生贄が必要と言った。愛する者の死を持って開くとな。その後ティターニアはこうも行った。
(大丈夫ですよ…貴方が死んだ後はきっと生まれ変わり魂は聖女の元に行けると…俺はそれを信じて愛する聖女が止めるのも聞かず…自らの死を引き換えに…扉を開けてあいつは…きっと元の世界へ帰った…
そう思い…眠りにつこうとした時…ティターニアは笑った。
(この扉は元の世界に戻る扉なんかじゃない…。世界の一部になる扉だ)
とな!!』
と言ったので驚いて扉を見る。
「な、なんだって?そ、それは本当か!?えーと…あんた名前は…」
『ヘルロフ』
とだけ言った。
「ヘルロフ…そりゃ無念だな…でも本当に帰れないのか?」
『俺は馬鹿な奴がこの扉に近寄らないようにと扉を守り扉の中の微かな聖女…俺の愛したミナミの気配と共にここで骨になって眠っていた』
「そんな…」
タカエは青い顔をして震えた。
「……タカエ大丈夫か?しっかりしろ」
と支えてやる。それを見て目を細めるヘルロフ。
『済まないがもうこれ以上ミナミのような犠牲者は要らない。元の世界に戻る方法はこの世界のどこを探したって有りはしない!残酷なようだがそれが事実だ!
聖女とは世界の均衡を保つ為の生贄だった!400年毎に行われる召喚はその為のもの!魔王を倒した後はこうして聖女は代々ティターニアの管理するこの扉に放り込まれて始末されるのだ!あいつは嘘つきの女王様だ!』
と悔しそうに言うヘルロフ。
「なら何でティターニアを殴りに行かないんだ!?」
『俺はここから動けない。…魂を自分で縫い付けた。無理なんだよ…』
と悲しそうに言う。
タカエは
「そんな!どうして!」
と泣きそうだ。
『それにもう一度…ミナミと会えたらと…例え世界に溶けてしまっていても俺はここにいるしかできない』
「そんな!帰れない上に嘘をついて…ティターニアはそれでも上で馬鹿みたいに魔族と争っているだと?」
『当然だ。この扉がそれほどこの世界の均衡を保つために必要だからだ。400年毎に聖女を放り込む…素直に真実を話すものか。こうして偽りの情報を与えて一芝居打ってまで次の聖女を犠牲にして扉を潜らせる』
「世界の均衡か…聞いたことがあるぞ。爺様からな」
とお祖母様が割って入る。
「世界の均衡とは何なのですか?お祖母様」
フランツも聞いた。
「この世界は魔族や人間が住みやすくなっている。魔力の源となる力が溢れているからだと…。
その力無しでは魔力は失われ魔物や魔族は死に…人間は魔法を使うことが出来なくなるとね…推測だがその力の源が……タカエ達…異世界から来た聖女ということになる…」
とお祖母様が難しい顔をした。
サオリが
「ひいっ!!」
と震えてモーリッツに抱きついた!
タカエも俺の手を握る。顔色が真っ青である。まさかの事実に俺もガクガクしそうだった。
『俺はその事実を知り…この扉を絶対に開けてはならないと思ったのだ。…もうこれ以上犠牲者は要らない。何度も言ったがそういうことだ。誰も通せない!』
フランツが
「待って!じゃあ!400年毎にそれが無いとなるとあの…この今の世界はどうなるの?」
『……消える。そしてやっと俺はミナミに会えるだろう…』
と言うヘルロフ。
「いやいや、待って?この世界消えるって!それじゃあ私とフーベルト王子結婚できないし王妃にもなれないし豪遊もできないじゃないのぉ!!」
死んだふりをしていたエミ叔母さんが復活して抗議した。
『400年待った。俺はもうミナミの元に行きたい。諦めてくれ。世界は終わる』
と何か勝手に言われた!!
「冗談じゃなかっぺ!!てめえっ!クソジジイ!!簡単に終わらせようとすんじゃねぇべ!!」
と言うとタカエも
「そうです!そんなことなら私その扉に入りますよ!!犠牲になった方がマシです!ギルベルトさん達が生きれるなら!!」
というから
「いや、それはやめてくれタカエ!!」
と突っ込む。
「そうよ!私だってこれから子供6人産むってスザンネ王妃様に予言されたの!!絶対に産むわ!!」
と叔母さんも譲れない!
「とにかく上のバカ騒ぎを辞めさせるのが先ではないのか?ギルベルト…」
と父上がダンディに髪をかきあげてファッサーとした。いや、今ダンディさは要らん!!
母上もうっとりすんな!!
「そうだよ!それに夜明けになると僕等はヤバイ!止めるなら今しかない!まずはティターニアを倒そう!!」
とフランツも言う。妖精女王を倒す!?そんなことができるのか?あのババアは強いぞ!?
お祖母様は静かに…
「まぁ…ヘルロフもあのババアがボコボコにされる所は楽しみだろう?……世界が消えるなんてね。私は年寄りだから別にどうでもいいがやはり孫達あってこその世界だよ。どこの世界でもそれは一緒さ。
滅ぼすなんて物騒なこと言うんじゃないよ?何の為にあんたの愛しい女が犠牲になってると思ってる?」
お祖母様に諭されヘルロフはぐっ…という顔になった。
「それに次の聖女を放り込んだ時にそのミナミとかいう魂も役目を終えてお前と天国に行けるかもね」
と言うと…ヘルロフは
『しかし…そこの女はそこの男と好き合っているのだろう?可哀想ではないか!』
と心配されたよ。400年待った魂だけの人に。
お祖母様はニヤリとして
「誰がうちの可愛いギルの嫁さんになるタカエを放り込むって言った?放り込むのはアユカとか言う聖女の方さ!!」
とお祖母様がすんごい悪い顔をしたところを俺は初めて見てゾッとしたのだった。
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