直観

荒瀬ヤヒロ

直観







 まったく優斗の奴……何が「入らない方がいい」だよ。今さら何を怖じ気付いてやがんだ? こないだ行った廃病院の方がよっぽど不気味だったじゃねえか。あの時ゃ、先に立ってスタスタ歩きやがったくせに。


 あー、ったく、——よし。はい! 皆さん、こんばんはー。廃屋探検部隊ヒロ&ユウちゃんねるで〜す! いや〜、皆さん。申し訳ありませんが、今回は僕一人でお送りすることになっちゃいそうです。


 ユウ君がですねぇ。この家には入りたくないって言い張りましてね。ええ。そうです。いつもは怖いもの知らずのあの、あのユウ君が、ですよ!

 どうやら、ここはよっぽどヤバい場所のようです。


 はい。では、玄関から中に入ってみましょう。おじゃましまーす。


 うーん。空気が重いですねぇ。

 ギシギシ鳴ります。床がね。お〜う、玄関の横は和室ですね。ちょっと和室はね、後回しにして奥に行ってみましょう。和室はねぇ。これを見ている廃屋大好きな皆さんにはおわかりと思いますが、和室はね、仏壇とかね、ありますからね。クライマックスにとっときましょう。

 はあ……喉が渇くな……あ、すいません。ここでこの廃屋の説明をしておきましょう。見ての通り、中はそれほど荒れていません。つまり、まだ新しい廃屋なんですね。新しい廃屋って、おかしな日本語ですかね。……はあ。えっと、この廃屋はですね。今から三年ぐらい前に住んでた人が行方不明になっちゃったんですね。家族で住んでたらしいので、近所では夜逃げじゃないかって言われてますね。冷てっ……んだよ。雨漏りか。ああ。雨の音がするな。さっきまで晴れてたのに。


 はい。気を取り直して、リビングに突入でーす。家具はまるまる残ってますね。ソファがあります。テレビもありますね。見たとこ、落書きとかもないですね。不良も入ってこないぐらいヤバい場所なんでしょうか?


 カーテンもあって、なんか生活感がありますね……はあ……は、んんっ。ちょっと、喉の調子が。なんか動いた……ああ、俺の影か。月明かりで……こっちはキッチンですね。冷蔵庫もありますが……うーん、開ける勇気はちょっと……虫とかね、ざざーっと出てきたりしたら、閲覧注意になっちゃいますからね。止めときましょう。けほっ。うあ、冷てぇな! くっそ。


 よし。では二階に行ってみましょうね。なんだこれ。階段、階段が……ああ、なんだ。見間違いか。

 なんか一瞬、階段が坂みたいになって……二階に……二階に行くんだ。いやだ。いやだな。玄関の磨り硝子に人影が……おい優斗! ユウ君、入って来いよ! はあ……


 二階に行きましょう。二階はどうなっているんでしょう。部屋は二つですね。こっちは子供部屋か。


 男の子の部屋ですね。漫画が落ちてますねぇ。うわ、小便くせぇ。雨の音がする。ああ、口の中が変だ。喉が渇くし……早く下に行こう。もう一部屋あるけど、うるさいな俺は下に行くんだよ! 外に出たい……優斗、優斗、わかった、もう帰ろうぜ。くそっ……階段の手すりが濡れてる。うわっああ……


 あ……痛ぇ……階段が、段が無くなって……坂みたいに……んな訳ねぇだろ。踏み外しちまったのか、ダセェ……

 突き落とされたのか。母ちゃんに。

 ん? 何言ってんだ俺。冷てぇ、くそ、雨漏りが……雨漏り? 二階では雨漏りなんて……なんで、冷てぇ、ぼたぼたと……雨? さっき月明かりが……


 ああ、くそっ! 優斗! 優斗! 入ってきてくれよ! なんか変なんだよ!


 くそっ……んで、なんで、スマホ、動かねぇんだよ! 優斗! 優斗ってば! 床が濡れてんだよ! 水浸しだ!

 雨漏り……雨の音だろあれ……違う、シャワーな訳ねぇだろ! 雨だ! ザアアって! 風呂場の方から……


 優斗! ユウ君! いつのまに入ってきたんだよ! なに、お前一人でそこ入ったの? やっぱ怖いもの知らずじゃーん。ははは、げほっ。


 それでこそユウ君だぜ。はははでもお前なんで真っ黒になっちまったの? うん? 和室に? ちょっと待ってくれよ、お前、随分ちっちゃくなっちゃったなー。うん? そっか、寝小便して怒られたのか。突き飛ばされて、階段、うん、シャワーかけられたのかパジャマのまま、押入に? そっか、冷たかったのか。

 手ぇ繋ぐのか? うん? 押入に? 母ちゃんがいるのか? 父ちゃんもいる? 俺も入っていいのか? うん。そうかそうか。冷たいな。早く押入に入ろう。








「もう一度、お聞きしますが、貴方は中に入ってないんですね?」


「はい……車で待ってました」


「それで、二時間経っても帰ってこなかったから、通報したんですね。なんで探しに行かなかったんです?」


「……入れなくて」


「入れなかった? どうしてです?」


「入らない方がいいって言ったんです……でも、あいつは入るって言うから、俺は車で待ってるって……」


「なんで入らない方がいいと言ったんですか?」


「……」


「はあ……あのですね、肝試しっていうか、こういうこと何回もやってるんでしょう? 中島勝広さんのスマホだけ、和室でみつけましたけど、本人はいませんでしたよ。一人で帰ったんじゃないですか?」


「そんなはずは……」


「はあ、とにかく連絡してみてください。それでみつからなかったらまた呼んでくださいよ。ご両親にも訊いてみてくださいね。実家にいるかもしれないし」


「あいつ、実家は北海道で……」


「とにかく、本当にみつからないなら、失踪届を出してもらいますから。……しかし、本当になんで貴方は中に入ってお友達を探さなかったんですか? 何か嫌な予感がしたとか、怖いとか、入らない方がいいって直感したんですか?」


「違います。別に、嫌な予感がしたわけでも、怖かったわけでもないです。……ただ、ただ、玄関の前に立った時に、急にスッと、「ああ。ここは入っちゃいけない」ってわかっただけなんです」




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