第2話 開幕

 東京メトロ半蔵門線半蔵門駅から徒歩五分、千代田区内でも三番町という一等地に位置する眺望の良い緑豊かなマンション。エントランスにはマンションコンシェルジュの常駐、五重に渡るセキュリティシステム。反面、水のせせらぎが心地よいラウンジには中庭の緑と岩水が目に優しい景色を創りあげている。屋内も全室百平米を超えるゆとりある設計であり、室内もまた細部にこだわる贅沢な空間が広がっている。


 相応の社会的地位が無ければ住まうことも足を踏み入れることさえ出来ないその高級マンションの一室にて、大手商社社長子息は立ち塞がる可憐な人物を前に、小さな笑みを溢す。


 美麗な曲線を描く口角に整った眉尻、手触りの良さそうな毛先の長い髪や血色の良い肌は湯上りのせいか普段より一層発色が良い。手招きする姿すら妖艶とも言えるだろう。

 己の『魅せ方』を熟知した一連の動作に、彼から数歩離れた場所に佇んでいた『千神蝶香せんがみ ちよか』は、彼女以外ならば嬉々として彼の前に座るであろう所を、眉間に渓谷の如き皺を寄せた上で口を堅く結び、一脚お幾ら万円か測りかねる椅子を無造作に引いて彼の前に座った。


 緊張した面持ちの蝶華に、彼『千神穂高せんがみ ほだか』はその端正な顔立ちを愉悦に染め上げる。


「体調が良くないならまたにする?」

「大丈夫です、気にしないで下さい」


 本来なら、彼の気遣いに喜ぶべきだろう。蝶華とてこれが穂高からの労りでなければ、その天使の如き微笑みでありがたく気持ちを受け取るに違いない。だが、天と地が引っ繰り返ろうとも、相手が千神穂高である限りそれはあり得ない。


「それじゃ、今年もゲームを始めようか。ルールは昨年と同じでいいよね?」

「はい」


 蝶華の同意を確認し、穂高は静かに立ち上がる。彼の動作を確認し、蝶華もまた自室へと引き下がるべく立ち上がった。

 広々とした清掃の行き届いた室内。白を基調に最低限の家具のみが置かれた部屋には、似つかわしくないものが一つ、窓辺に設けられたガラス製の丸テーブルの上に置かれていた。ブランドのロゴが描かれた紙袋が二袋、中には統一性のない大小様々な箱が詰められている。


「上手く行きますように」


 負のオーラを纏い、手に汗握りつつも紙袋を掴む。脳裏に浮かぶ愛おしいあの人の笑顔が、蝶華の潰れてしまいそうな決意を奮い立たせてくれる。


(大丈夫、大丈夫。今年こそ、勝てる)

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