第8話 戻りたい戻りたくない

 ユウは頭を抱えていた。


 目の前に鏡に映るのは、変わり果てた自分の姿。懐かしい高校の時の自分。ラグビーに青春を燃やしていた自分。別れた妻と出会った頃の自分だった。


「参ったな...これじゃあ日本に戻れたとしても、誰も俺だって気付かないよな...」


「えっ? 戻る?」


 アリィがビックリした顔をしてるので、ユウは逆に訝しんだ。


「そりゃあ、いきなりこんな世界に飛ばされたんだ。またいきなり戻れたとしても不思議じゃないだろ? それともアリィは戻りたくないのか?」


「い、いえ、そんなことはないんですが...」


 ただなんとなくアリィは、このままずっとこの世界で暮らすんだろうなと思っていたし、それをあまり嫌だとは感じていなかった。寧ろずっとこのままでもいいとさえ思っていた。


 それはアリィと家族との関係にある。唯一の家族である父親との関係は冷えきっていた。元々仕事人間で家族サービスなどほとんどしなかった父親だったが、去年、母親が亡くなってからの父親は、その悲しみを埋めるためか、ますます仕事に没頭し、家庭を全く省みなかった。


 残されたアリィはいつも一人で食事をし、家事を熟し、学校に行って、誰も居ない家に帰る、この繰り返しだった。寂しかった。この世界に居れば、少なくともユウが側に居てくれるだろう。そう思うと帰れなくてもいいと思っていたが、どうやらユウは違ったらしい。


 それも当然かとアリィは自嘲した。自分と違ってユウにはきっと温かい家庭があり、待っていてくれる家族が居るんだろうから。そう思うとアリィは悲しくなったが、


「あぁ、どうしよう...別れたカミさんはどうでもいいが、娘に合わす顔がないよ...」


「えっ? 別れた?」


 物凄い勢いでアリィが食い付いてきた。


「あ、あぁ、俺はバツ1なんだよ。別れたカミさんとの間に娘が一人いる。ほら、これ」


 そう言ってユウはスマホの待ち受けをアリィに見せた。


「わぁ、か、可愛い~♪ おいくつなんですか?」


「今年で10歳になる。生意気盛りだよ」


 娘を優しく思いやる父親の目で語るユウだが、現在の外見でそう言われると違和感しか感じない。


「アリィを初めて見た時にさ、どことなく娘に似てる気がしてね。だから放っておけなかったというか」


「確かに...私の子供の頃に似てるかも...」


 ハァッとアリィはため息を吐いた。自分は娘としか見られてないのかと。


「い、いや、もちろんアリィの方がずっと可愛いから!」


「そそそそんなぁ! か、可愛いだなんてぇぇぇっ!」


 チョロ過ぎるアリィであった。

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