第31話 異国文化と新しい文化
一日の休養の終わりには、ちゃんと晩餐の後にプリンが出て来た。
トロリとしたカラメルソースもかかっている。こっそり給仕の時に「これに一番苦労してましたよ」と教わって、なんだか申し訳なくなった。レシピは分かっても、火加減までは私は分からないのだ。
「これは、フェイトナムのお菓子? 変わった食感で美味しいね」
「プリン、という、鶏卵と牛乳と砂糖で作るお菓子ですよ。日持ちしないのが難点ですが……そういえば、よく冷えてますね。どうやったんでしょう?」
「あぁ、バラトナムは昔から熱い国だからね。地下水をくみ上げて金属の箱の外を循環させて、保存するのに使ってるんだよ。今度厨房も見学するかい?」
「地下水! 確かにそれならよく冷えていますね。仕組みが気になります。あぁ、厨房に御礼も言いたいですし……お邪魔じゃなさそうな時に一度顔を出したいです」
フェイトナム帝国では氷室に氷を年中保管してある。それも地下や鍾乳洞のできるような冷えた洞窟の中だが、夏に金属の箱に入れておいても、やはりすぐ溶けてしまう。
熱い国だからこその技術だ。それが失われなくてよかった、と心底思う。
帝国が属国を作る事はマイナス面だけではない。庇護下に置かれるという事でもあるし、ある程度文明が提供される事もある。
だが、小さい国、別の国の文明が劣っているという事は決してない。一見野蛮に見えても、そこには違う文化があり、どちらが上だとか下だとかではない。
本で読んでそれをしみじみ思っていたが、日常の中で感じる事が出来るから、やはり嫁いできて良かったと思う。
「明日は君があげた草案の話をしよう。今日はバルク卿と午後からそれについて話し合って、何点か疑問があがったから、そこを詰めて……君が纏めるのでもいいのだけれど、文官に仕事として任せたいと思うんだけど、どうかな?」
「もちろんです。この国の新しい仕組みですから、その文官や、周りの文官の意見があったら聞きたいですし。最終的には私たちでまた確認して、ある程度まとめて、そしてもう一度文官に頼んで本にして貰いましょう」
「ふふ……クレア。君の『生ける知識の人』の肩書がまた一つ保証されるね。そうなったら、君はこの国で最初の本を作った人になる」
「まぁ……、そういえば、そうですね……? フェイトナム帝国からは医学書等は入ってきていますけど、バラトナム王国の本は、これが初めてになりますか」
「うん、失われてしまったからね。紙を導入した君が、最初に本の作者になる……それもこの国の、重要な制度に関する、それでいて読み書きができる者にとっては広く親しまれる……素晴らしい事だね」
「……もし、王太子妃として許されるなら……もっと、いろんな本を作りたいですね」
「責正爵位書以外にも?」
すんなりと出て来たアグリア殿下の『責正爵位書』というタイトルはいいなと思った。
教科書、というのも変だし、参考書という訳でもない。その爵位についてまとめられた本。資格を取ってもいつでも持ち歩き、確認し、正しく行うためにも、これはちゃんと印刷して保存が利くように糸で閉じて、厚紙の表紙を付けた方がいいだろう。
「はい。私は本が好きなので……読むのも楽しいですが、草案を考えるのも、とても楽しかったです。本を作って、広く読まれるようになり、やがて娯楽として本を出版する事業等もやりたいですね。娯楽として学びが定着すれば、識字率も上がりますから」
「それはいいね。……壮大な話なのに、君が話すと三日で実現しそうですごいやら、怖いやら……」
アグリア殿下が苦笑いをしている。ちょっと楽しくて無理をしてしまった自覚があるので、言い訳はできない。
「三日は無理ですけれど……私はこの国に嫁いできて、幸せですから。ゆっくり、いろんなことができたら嬉しいです」
「ならもう、徹夜しないようにね?」
しっかり釘を刺された。
一日ゆっくり休ませてもらった身としては、その言葉には、はい、としか返せなかった。
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