第10話 一番必要な部署
「疲れました……」
「はい、お疲れ様でした。夕飯まであと少しですね、お休みください」
バルク卿がにこにこ笑いながら私にソファを勧めてくる。そのまま座った私は、ため息を吐いた。
どこも似たような惨状で、私は1ヶ月王宮の業務を止めてしまうが、こればかりは仕方ない。
1ヶ月の間に、必要な物は分かったから揃えなければならない。早急にだ。
私が図面を引くよりずっと早く、製紙工場……とまでは行かなくとも、王宮で使う分だけは揃えなければ。地方からは木簡であがってくるだろうし、できるなら職人と技術者を複数呼び込んで……まで考えて、心当たりに行き着いた。
「バルク卿。海向こうの芸術の国と呼ばれるシナプス国の別名はご存知ですか?」
「別名、ですか? いえ、存じ上げません」
「あの国は確かに木工細工と金銀の装飾に優れた技術者が育ちやすいですが、あぶれる人も勿論います。細工物には必ず図面やデザイン画が必要です。職人の国……馬鹿にする訳では決してありませんが、あぶれた技術者はもっと大雑把な仕事に就く——紙を作る技術と機械、余っていると思いませんか?」
私の言葉に一瞬言葉を詰まらせ、バルク卿は真顔になって頷いた。
紙の消費量が多いから食べていけるだけで、安く国内で紙を売っている工房はかなりあるはずだ。バラトニア王国の主要都市……数は6つ。できれば10の工房を引っ張ってきたい。機械ごと。
「即座に手紙を出しましょう。機械と技術者を工房ごと買い上げて、当面の生活の保証と手当を出して、紙を大量に作るのですね?」
「はい。この国からも木材を輸出していたでしょう? 木こりの方々も国で雇ってください。輸出量を抑えて国内消費に切り替えます」
戦勝国で金が入ってきてるとはいえ、国庫の何割かは私は使う気だった。
基本が整わなければ何も始まらない。
インクについても同じように、川向こうの輝石がとれる岩山で、輝石の取れなくなった石炭の取れる鉱山から国内相場より高く石炭を買い取る。
木こりは大忙しだ。特別手当を出さないと。紙の原料の他にインクの為の溶剤も作らなければいけない。
提出書類と保管書類はインク、日々の記録は石炭を尖らせたものを使って……木簡に書いている墨と筆は工芸品になるな。
とにかく最低限必要な『文房具』が最優先だ。どの部署でどのくらい使うかを試算させて予算が管理できて、交易にも造詣が深くて……、とそこでバルク卿を見た。
「だから……バルク卿なのですね? 全ての部署に精通してらっしゃる……」
「はい。私はあれらの部署が必死にまとめた木簡の内容を羊皮紙に写し取り、陛下に提出する役目をいただいております。クレア様の補佐役として適任かと」
「助かります、ありがとうございます、お願いします! のちに……そうですね、総務部という部署を作りますので、そこの責任者か、誰か責任者を選出してもらう事になると思いますが……!」
私にとっては天の助け! とばかりに便利すぎる人だ。私が最初に見せた愛想笑いとは違う笑顔で身を乗り出すと、クスクスと楽しそうに笑っている。
この方が笑うとメイドも使用人も文官も皆固まるのだけど、何か変なのかしら。今日はずっと笑ってらっしゃる。
「あなたは不思議な方ですね。仮にも属国であった国、あなたの祖国に勝った国ですよ。どうしてそう必死になれるんです?」
「ここが私の国になるからです」
私の口からは何の迷いも驕りもなくするりと言葉が出てきた。
「アグリア殿下に嫁ぐ時、私は死をも覚悟してきました。しかし、ここまで歓迎されたのなら、全力を尽くさねば。だって私は、この国に嫁いできたのですから」
バルク卿はすこし口元に手を当てて考えると、惜しいな、と呟いてから時計を見た。
「分かりました、心から仕えさせていただきます。——そろそろ7時になりますよ」
「あ、すみません。ではまた明日、お願いします!」
私は慌ただしく挨拶をして、殿下との夕食に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます