第9話 バルク卿
「失礼いたします」
「どうぞ」
立派な執務室の扉を中継ぎの方に開けてもらい、私はバルク卿と対面した。声は落ち着いている男性の声だ。
中にいたのも男性だが、これが、何といえばいいのだろう……男性に美人とは言わないな。美丈夫。うん、しっくりきた。
褐色の肌に燻んだ硬質な銀髪を伸ばし後ろで一つにまとめている。肩が広く胸が厚い所は騎士然としているが、モノクルをかけて書類を見ている姿は実に官僚らしい。私より5つは年上だろう。
武官か文官かいまいちわからない方だが、今日からお世話になる人だ。追々分かればいい。
「本日よりお世話になります。クレアです。よろしくお願いいたします、バルク卿」
「……! これは、挨拶もせずに申し訳ありません。私はパートナム・バルク。伯爵位を戴いております」
彼は書類から顔をあげようともしていなかったが、私が名乗ると慌てて振り返った。驚いたように私を見てから、誠心誠意の礼をして名乗ってくれる。
この方とこれから毎日仕事をする事になる。にっこりと(自分なりに、にっこりと)笑って、さっそく一緒に文官が働く場所から見に行った。
今日明日は視察で終わりそうだ。これだけ大きな国だし。
「この国の税制などはご存知ですか?」
「はい。祖国で資料は拝見していました。特に問題があったようには見えませんでしたので、お仕事の様子を直に見られればと思います」
税収はバラトニア王国からフェイトナム帝国へも上がってきていた。さらには国内の帳簿の写しも一緒にあがってくる。金の流れに不自然な事がないように、これもまたフェイトナム帝国から文官が派遣されて1から指導する。
今はもう、フェイトナム帝国に収める税はいらない。国内の管理だけで充分だ。
それを踏まえて、こちらです、と案内された部屋を見て……早々な改革が必要だと思った。
まず、部署が分かれていない。担当者が人頭名簿と交易の収益を掛け持ちしている。人も足りていない。
数代前のフェイトナム国王によって属国にくだったはずだから、フェイトナム帝国と文字と数字は一緒。
文官の悲鳴と怒号飛び交う仕事部屋は、紙が無いせいで木簡と羊皮紙が入り混じり、各人の机の上が大惨事で、しかも資料棚も木簡でギチギチで……。
(た、耐えられない……!)
「今すぐ仕事を中断してくださーい!」
私の叫びにぴたりと動きを止め、文官さん方が私の方を見る。
これは……ダメだ。問題が多すぎる。待って、全ての部署を視察と言っていたけど、部署はまだあってどこもこの調子なの……?
私は早急に立ち上げるべき部署と人員を頭の中で計算しながら、目の前の文官たちに、『1ヶ月の通常業務禁止』と『資料を年代年月別にまとめておく事、紛失している資料があれば一覧にしておく事』を指示して、最優先でまずは整理整頓を申しつけた。
本当に1ヶ月も仕事を止めてもいいのか? と顔を見合わせていたものの、バルク卿が笑っている所を見てさらにポカンとした文官たちは、かしこまりました、と言って整理整頓から始めて行った。
その際、ここの部署……税に関する部門だった……を3つのスペースに分けるように机を並べ替える事も指示して、私は次の部署に向かった。
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