第47話 武闘大会の正賞

 王太子殿下に対して『自分はパーシヴァル様と競う為のトロフィーではない』とお話した後は、王妃様主導で楽しいお茶会になった。


 ここでは上の者が先に発言する、という決まりは守らなくてもいい場所だ。他人の話を遮るのはマナーとしてよろしくないが、時折訪れる沈黙の時間に私はそっと尋ねてみた。


「そういえば、パーシヴァル様が今度あるという武闘大会……で、あっていますか? に出場するために、平素の訓練に加えてさらに訓練を積んでいるらしいのですが、優勝すると何があるんでしょうか」


 聞いても笑って誤魔化されるばかりで、結局副賞の事を侍女に聞いたきり正賞を聞けていなかった。


 出場する、という王太子殿下もいらっしゃるし、王室開催の行事ならば王妃様も知っているだろう。伯爵家の方はパーシヴァル様が口止めしているのか、教えてくれることは無かったが、さすがにそろそろ聞いておきたい。


 王妃様がお義母様に目配せして、話してもいいのか、と聞いたようだった。


 お義母様がそれに、もうそろそろいいかと、とでも言うように微笑み返す。


「ふむ、内緒にしておきたい気持ちも分からなくもないが……パーシヴァル殿はどうやら、ミモザ嬢の胆力を見誤っているようだから教えてもいいだろう」


「母上」


 それに難を示したように遮ったのは王太子殿下の方だ。顔をしかめて、それは、と止めようとしているが、王妃様は呆れたように肩を竦める。


「ミモザ嬢が先に示してみせたことをもう忘れたか? どんなに自分より強そうな相手であっても、それが誰であっても、そしてどこであっても、彼女は自分の恥を恐れず正しいと思ったことは告げる。間違っていると思っていることも言う、初対面の相手であっても……、そして、その倫理観は概ね私には世の倫理観に照らし合わせても正しいと思うが?」


「そうですねぇ、王妃様にはお話しましたけれど、わざと手製のテーブルクロスを……いえ、アレックス・シェリルのファンでありながらアレックス・シェリル関連の品を汚すような真似をする相手には、私も驚くようなことを言ってくれましたし」


 『私ミモザちゃんに愛されているわ事件』は王妃様の耳にも入っていたらしい。


 改めてこのような評価をされると、却って自分が無鉄砲で厚顔無恥な人間のようにも思えてしまう。今すぐ顔を隠して逃げてしまいたかったが、自分で質問しておいて逃げ出すというのも失礼がすぎる。


 赤い顔を隠すように精いっぱい背を縮めて、謝りそうになる口を一生懸命閉じていた。


 王太子殿下はちゃんと謝罪してくれた、私の言いたいことを……言葉がうまくないので長くなってしまったけれど……最後まで聞いて、返事をくれたのだ。それを踏みにじるのはダメだ。


「まぁ、そう身構えるような話でもない。騎士と一口に言っても、近衛騎士団長は近衛騎士団の軍団長だ。うちの息子は騎士で言うならばパーシヴァル殿と同じ士官……そうだな、大体分隊と呼ばれる10名程度の騎士を率いる立場にある。我が国は今の所平和で、戦争の兆しも無いが、このままだと王太子の護衛として10名程度を付けるのが精々で指揮権はとても渡せない。なので、近衛騎士団の……つまりは王が直接指揮下に置ける軍の中での階級付けの大会に出させている」


 軍の構成などは私にはフィクションの知識しか無いので、こうして王妃様から語られる言葉には重さと生々しさがあった。


「近衛騎士団の武闘大会の優勝者には2階級特進が正賞として与えられる。――まぁ、すぐに大きな部隊を率いることは難しいので、一年は見習いとなるが、パーシヴァル殿か息子が優勝すれば中隊……約200人の騎士、兵士を率いる階級になる。一兵卒ならば騎士としての叙勲からの士官まで一気に上がることができる。準優勝は一階級特進だな。それでも十分だが……パーシヴァル殿が偉くなる、と考えて貰えばいい」


 将来は近衛騎士団長になる、というのがパーシヴァル様だと思っていたけれど、血だけで近衛騎士団長になれるようなものでは当然無い。こんな仕組みがあったのか、と感嘆すると同時に、自分の顔からさぁっと血が引いていくのを感じた。


「副賞として、王家直轄地のどこか好きなところに一ヶ月の休暇付きで行かせてやれるんだがな。それも、階級が上がった後のより厳しくなる指導と訓練の前のご褒美というか、まぁ長期の休みなど取らせてやれなくなるからという物だ。二階級特進、どの階級の者がなってもいきなりその立場でやっていける、という物ではない」


 今でも毎晩倒れるように眠っているのに、パーシヴァル様は一ヶ月のお休みの後、もっと激しい訓練や勉強をしなければならなくなるのか、とテーブルの下で思わずドレスを強く握った。


 けれど、近衛騎士団長の家系の伯爵家に嫁ぐ、と決まっていたのだから、私が今更それを嫌がるわけにはいかない。


 丸めていた背をしゃんと伸ばして、自分の心に活を入れた。私にできることは全てやって、背中を押して手伝えることは手伝おう。支えられるところは、しっかり支えたい。


「私は……パーシヴァル様の妻です。王太子殿下の前で申し訳ございませんが……優勝を信じております」


「はは、そうだな。パーシヴァル殿は今も訓練しているが、我が子はさて、どうする?」


 声を上げて笑った王妃様が、面白そうに隣にいる王太子殿下を見る。


 温くなった紅茶を一息に飲み干した王太子殿下は「演習場へ行ってまいります」と言って離席した。


 その背中が闘志に燃えていたのを見て、王妃様がおかしそうに笑った。


「ミモザ嬢、貴殿は素晴らしいな。うちの子はいまいち、盤外戦術の方が得意で真向から何かに挑むということはあまりしないのだが……見事にやる気に火を着けてくれた」


「いえ、そんな。お忙しい中こうしてお茶会を開催してくださったのですから……パーシヴァル様も王太子殿下のことは、やはり気にしていらっしゃいましたし、凄い方なんだと思っています」


「そうねぇ、パーシーは王太子殿下とは正反対で猪突猛進なところがあるから……、二人がもっと仲良くなって、お互いを認め合えるようになると、素敵になる気がするんだけどねぇ」


 パーシヴァル様が猪突猛進? と一瞬疑問に思いかけたが、ここの所のストイックさが子供のころからのものならば、あれはたしかに猪突猛進だ。


「いい若いのが育っている。そういうのは、いずれ本人たちが勝手に気付いていつの間にか仲良くなっているものさ」


「そうだと嬉しいですわ」


 まだお若く見える王妃様とお義母様の言葉に私は挟む口も持っていなかったが、パーシヴァル様を応援する気持ちに変わりはない。何ができるだろう、とぼんやり考えながら、話題の移り変わったお茶会に意識を戻した。

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