第11話 ノートン子爵家の秘密

 さっき鼻血が出そうなほど興奮した私だが、真剣な面持ちのシャルティ伯爵家と同じ席に着いてからは、何か腹の芯が冷えるような感覚があった。


 お茶を出した侍女が下がり、人払されたそこで、切り出したのはシャルティ伯爵だ。


「君の父上……ノートン子爵には許可を取ってある。あの方は……生真面目で優秀で、少し気が弱いと思っていたのだが、君と同じで胆力がある。我が家とノートン子爵は組んで態と君に縁談が行くように……そして、君の母と姉を社交界から暫く遠ざけるために、我が家に嘘をついて君を寄越すようにと、私から提案した」


 続けたのは憧れの……いえ、今は伯爵夫人だ。


 神妙な顔で私をじっと見ている。


「貴女に言った言葉に嘘は無いのよ。貴女を気に入ったのは私。そして、貴女を嫁に迎えたいと言ったのはパーシヴァル。だからこれは、別の問題として覚えていてちょうだい」


 パーシヴァル様に視線を移すと深く頷かれた。


 信じよう。この家の人たちの、温かさは本物だ。私はこの短期間で、本当にそれを実感している。


「君がいい、と思った時の話はまた後で。今は君のお母さんと姉の話をしよう。……君は、姉のカサブランカとは半分しか血が繋がっていない」


 私の中にその言葉は素直に、それはもうストンと落ちてきた。何もかも似ていない姉に、何にも愛情を抱けなかった。


「君のお母さんが、大きな商家の家の出なのは知っているね? 貴族社会にはマナーがあるが、そこらの男爵より金を持っていても、マナーや気品が備わっていない……君の実の母である事は確かだ。貶してしまってすまない。……とにかく、彼女は子爵に嫁ぎ、社交界で……本人にはその積りは無いだろうが弄ばれている」


「そういう扱いをする貴族も気品があるとは言えませんけれどね。でも、貴女のお母さんは、結婚してすぐに浮気をして姉のカサブランカを身籠ったの。ノートン子爵は、子をもうける事を条件に婚姻したから……記録のズレには気付いていたのでしょう。ただ、言えなかった。そして、第二子をもうけた。それが貴女。ミモザ、貴女は正真正銘ノートン子爵と子爵夫人の子供。でも、カサブランカは……」


 痛ましい顔で言葉を切った夫人に重ねるように、伯爵の言葉が続く。


「我々は近衛騎士団の長だ。身元の不確かな娘と、息子を結婚はさせられない。ノートン子爵は、公の場でこの件を明らかにし、自身の子はミモザだけであり、今までかかった夫人とその娘の金は夫人の生家に請求して離縁すると言った。……そう、陛下もいらっしゃる、パーシヴァルとミモザ、2人の披露宴となる夜会でだ」


 あのお父様が……本当にそんなことができるの? でも、近衛騎士団長の嫁が正当に貴族の嫡子でないと分かったら……それは問題だ。


「……なんとなく、納得している自分がいます。私はお父様に似すぎていたし、姉はお母様に似すぎていた……。お父様が公の元で母と姉と離縁するのも、私は構いません。……でも」


 不安になってパーシヴァル様を見る。


 こんな複雑な家の、私でなくてもよかったのではないの? 他にいくらでも女性を選ぶことができたでしょう?


 とは、聞けなかった。青い瞳が優しく笑いかけてきたからだ。


「心配しないで、……君を悪いようにはしない。ノートン子爵もね」


「あぁ。それに、ミモザ……私たちは、君を気に入っている。家族として迎え入れたい気持ちは変わらない」


 そして最後に夫人が言った。


「言ったでしょう? 私は貴女の刺繍のファンなのよ。貶める真似なんて誰にもさせませんからね」

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