第3話 釣書からの変化の秘密
「飲み物は何が好きかな?」
「えっ、あっ、あの、紅茶が……紅茶ならなんでも好きです……」
爽やかさと凛々しさと逞しさを全て兼ね備えるという完璧ぶりを発揮したシャルティ次期伯爵は、侍女に指示を出して私をサロンで歓待してくれていた。
おかしい。シャルティ伯爵家からの指名は姉のカサブランカで、私は嘘をついて寄越された代わりのはず。普通もう少し嫌がるだろうに、侍女も「どうぞ」ととても愛想良く私に紅茶を出してくれる。
人見知り属性も勿論持っている私は、足を揃えて座るどころか全身縮こまらせていた。
紅茶を一口飲みながら目の前の人を改めて観さ……おいっし?! 何これ?!
「とても美味しいですね……!」
「緊張しているんだろう? 紅茶とは言われたけど、リラックス効果のあるカモミールティにしたんだ」
「……確かに、とても落ち着く香りと甘さです」
ほう、と息を吐いて肩の力を抜いて笑うと、シャルティ次期伯爵は同じように微笑んでくれた。
しかし……まぁ、釣書と今の差よ。一体何がどうしたらあそこまでの肥満体がこんな立派な体躯になるのだろう。フィクションでもあり得ない変身ぶりだ。
8年前の私ってどんなだったっけ? と考えてみると、今の私をただそのまま小さくしただけなような気がする。
「大変不躾な質問なのですが、ご本人なのか確認したいのもありまして……」
「何でも聞いてくれていいよ」
おおらかな対応と、お茶の効果もあって、私はなるべく言葉を選びながら尋ねた。
「……釣書の印象と随分違いまして。あの、ご本人でお間違いない、ですよね……?」
「あぁ、あれ。はは、とても肥っているだろう? 最近帰ってきたから釣書の絵はアレになってしまったけど……我が家は代々近衛騎士団長の位を頂いている伯爵家なんだ」
「はい、その様にお伺いしています」
「それで、子供の頃は筋肉をつけすぎると背が伸びなかったり、関節を痛めたりする。そして、一度太ってから体が出来上がるのに合わせて筋肉をつけるトレーニングをすると……自分で言うのもなんだけど、背が高くなるし、柔軟でしなやかな筋肉がつきやすい。だから釣書の時は、柔軟や体力をつけたり、型を覚えるトレーニングと大量の食事で太らせられるんだ。我が家の秘密だよ」
とても納得がいく内容だったのも、現実に目の前にいるシャルティ次期伯爵は説明通りの体つきをしているからだ。
騎士団の最初の訓練は体力作りだとも聞く。その前に、体力もちゃんとつけながら、筋肉をつけるために太っておく。
……目から鱗というか、知らない知識を知ると少しの間呆けてしまう。面白そうに首をかしげるシャルティ次期伯爵に、はっとして頭を下げた。
「大変不躾なことを聞いてしまいすみませんでした。とても納得できる内容で……あ、もちろん口外はいたしませんので!」
「うん。でも……カサブランカ嬢を指名したけど、
……? 少し、理解が追いつかない話になってきた。姉を指名しておいて、私が来てよかった??
その質問をするには、シャルティ次期伯爵の視線は穏やかで温かく、私は口を閉じるしかなかった。
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