第2話 時は遡り、ノートン家であったこと

「本当は私が行きたかったのよ? 伯爵夫人になればもっと社交活動もできるしね。でも……ほら、釣書を見ても……どう考えても、私とは釣り合わないのよ。あなたがお似合いだと思うの」


 このカサブランカという姉に対して、内心私は悪い感情しか抱いていない。


 半分は劣等感、半分は……純粋に向けて来る、この見下した態度への怒り。


 金髪の直毛を毎日オシャレに巻いたり結ったりしている目鼻立ちの整った姉は、化粧もうまいしドレスのセンスもある。夜会やお茶会も頻繁に出向く社交性の持ち主だ。見た目は完全にお母様の生き写しで、お母様はその美しさで大きな商家から子爵であるお父様の元に嫁いだ。


 今や、お父様を尻で敷いているのはお母様だ。


 そして、当のノートン子爵であるお父様は、お母様とお姉様の浪費のためにせっせと領地経営に王宮勤めをこなして家計と領地を支えていた。領民に苦労はかけたりしないし、使用人にも払いがいい。働き者で能力があって、決定的にお人好しである。


 そして次女である私は、完全にお父様似だった。見た目はミルクティ色の茶髪の緩い巻き毛で、目鼻立ちはおっとりとした、美人でも不美人でもないという平均顔。体も中肉中背で、特別スタイルがいい訳でも、悪い訳でもない。


 社交性は残念ながら姉が全部お母様のお腹から持って行ってしまったようで、私は引き籠って本を読み、作者にファンレターを出したり、刺繍をしたり、とにかく家の中で出来ることが好き。お金はお母様やお姉さまに比べれば掛からないが、いつか姉はもっと高位貴族の家に嫁ぐ気でいて、私がこの家で婿を取るのだろうなとぼんやり思っていた。


 しかし、姉を指名して近衛騎士団長の地位にある伯爵家から、見合いの話が来た。次期伯爵である騎士に叙勲もされている息子と婚約して欲しい、と。


 そして届いた釣書にあったのは、騎士団に入る前の、どうみても肥満体型の子供の姿。衣服はいいものを着ているが、肉に埋もれて目は小さく色が分からず、髪はさらさらしているようだが、釣書は少し盛って描かれるものだ。


 釣書でこれなのだから、実際に会ったらどういう人物かは分からない。はっきり言ってしまえば、ものすごい不細工で肥満な夫を持つことになる可能性がある。


 で、最初に戻る。姉は、夕飯の席で食べ終わりを見計らい、私に対して両親の前で釣書を広げて「あなたにお似合いでしょ」と言ってきたのだ。


 そして、こういう時の姉は、お父様とお母様が自分の味方をすることを知っている。


「ねぇ? お母様もお父様も、そう思いますわよね? 女性らしい趣味のミモザの方が、騎士様を支えるのに適していると思いませんこと?」


 哀れ、父よ。お母様に最初に語り掛けるあたり、お母様が自分の美しさとそれが遺伝した姉の美しさをプライドにしている事を分かって擽られている。お母様が、そうね、といえば、もはやお父様に反論の余地はない。


「そうねぇ……。ねぇあなた、カサブランカにはもっと相応しい嫁ぎ先があると思うわ。子爵位を高位貴族の方が持つのも珍しい事ではないでしょう? ここはミモザに代わってもらったらどうかしら」


 年齢不詳の美人なお母様は、私の事が嫌いだ。引きこもりだし、根暗でうじうじして、こんな時にも一言も物申せない、そんなところが。私も、嫌いだけど。


 お父様はもうこうなっては、白旗をあげるしかない。お母様とお姉様の要求に逆らえる人間は、ノートン家には存在しない。


「そ、そうだな。カサブランカを是非とは言われているが……むこうは騎士団帰りで社交もろくにしていない。病弱だから妹のミモザではどうか、と返事をしてみるよ」


 私はこの間、一切私の意思を確認されていない。こうなっては、もはや私の出る幕は無いのだ。


 そうして私は、過去肥満体の12歳だった少年……現在騎士であり次期伯爵の、パーシヴァル・シャルティ様の元へと嫁ぐことが決まった。


 誰か知っていたら教えて欲しい。……内心はどうあれ、発言する勇気のない私が、どうやったらこの話を断れたのかを。

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