素直になれないバレンタイン

鈴木怜

素直になれないバレンタイン

「宿直の直に観光の観。──直観、というものがあるそうだ」

「なんですかそれ」

 放課後の生徒会室。副会長の席に座り試験勉強している俺に、会長の席にノートを広げて座る少女は聞き慣れない単語を投げかけてきた。

「感じる直感ではなく?」

「イエス」

「はあ」

 こういったことは会長の癖だった。なぜだかは知らないが俺と二人になるとどこからか仕入れた話題を持ち込んでくる。

 何度も話をするうちに、俺にもなんとなく適当にあしらってよい話題悪い話題の判別がつくようになった。今回のは経験上前者にカテゴライズされるものだった。

「信じてないって顔をしているね?」

「信じてないって思ってますからね」

 どこかの琴線に触れたのか、彼女は不機嫌そうな顔をした。どうやら読み違えたらしい。

 生徒会長は、右手で俺を指差してきた。


「副会長。君は今日、勉強に必要ないものを持ってきているだろう」


 俺の体がぎくっ、と跳ねたのは言うまでもない。


「なななななぜそれを」

「というか、正確に言ってしまおうか副会長サマ? 君の鞄と胸ポケットにチョコが入っているだろう?」

「まさかさかさささささ」

「……誤魔化すのが下手すぎるぞ」


 さすがに場所まで正確に言い当てられては誤魔化しもきかないという言い訳はぐっと飲み込んで、俺は代わりに手を上げた。降参の合図として。


「……なんで分かったんですか」

「簡単なことだぞ。君が生徒会室に入ってきたときから胸ポケットが心なしか膨らんでいたし、先ほどから君はちらちらと鞄の方を見ていた。加えて今日は何の日だ?」

「……バレンタインですね」

「ということを総合的に鑑みた結果がチョコレートというわけだよ。分かったかい? おモテの副会長サマ」

「別にモテモテなんかじゃないですけどね」


 嘘だッ、と会長が叫んだ。

 告白なんぞされてたら生徒会室に来る余裕なんかあるわけない、と俺がぼやいたら会長は納得した顔をした。

 泣きたくなった。


「副会長といえども人の子なんだな」

「俺はただの人間ですよ。どこにでもいる」

「そういうこと言うやつは絶対普通の人間じゃないと思うんだが」

「メタいことを言わないでください」


 なんだか話が変な方向に進んで行っているのか、部屋にはどうにもおかしな雰囲気が漂い始めた。もう勉強なんてやってられるか、という雰囲気が。

 そうして会長は、右手に握る己のペンを筆箱にしまった。やる気をなくしてしまわれたらしい。


「とにかくだ。こういったことが直観、なんだそうだ」

「はあ」


 俺は分かったような分かっていないようなそんな気分になった。どうにもピンとこない。


「あとチョコを貰えてる時点で君はおモテになっていると思うんだが」

「どうせ義理ですよ、胸のはABCチョコですよ?」

「それはそれで義理だってはっきりするから良いんじゃないか?」


 そうして彼女は笑う。ちょっとワルそうに。


「ま、私にも人のことは言えないんだがな」


 などと言って、彼女は鞄から、ラッピングはれた小さな箱を取り出した。

 ……それもふたつ。見た目が完全に同じものを。


「ひとつ進呈してしんぜよう」


 どうしても聞きたいことができたので正直に質問してみる。


「……なぜふたつ?」

「直観で選んでくれたまへよ」


 俺にも直観とやらを使わせたかったらしい。


「言っておくがどっちも義理だぞ」

「そのラッピングでですか」

「店で買うとこうなるだろう」


 その声はなぜだか少し早口だった。


「じゃ、右手のものをください」

「右手のだな。──はいどうぞ」

「どうもありがとうございます」

「くるしゅうないぞ」

「ありがたき幸せなりや」


 などと軽口を交わす。ちょうどその時にチャイムが鳴った。


「下校時間ですね」

「そうだな。帰るとしようか」


 俺と会長は立ち上がった。



 ────────────────────



 家に着いた私は、選ばれなかった方のチョコの箱を開けた。


「……良かった。あの手紙は入ってない」


 我ながら、こんなことでもしないと告白する勇気が出ないなんて素直じゃないと思う。嘘だってついてしまったし。

 あいつの顔が楽しみだ。彼が気付いたらどんな反応をするのだろう。

 ──ああ。素直じゃない。渡したあとならこんなことも考えられるのに。


 携帯が鳴った。

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素直になれないバレンタイン 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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