病気じゃない

三木 和

第1話

真っ白な壁の小さな部屋。窓もないその部屋にあるものは、ビニールが巻いてある簡易的なベッドと、枕元にはモニターと専用の医療器具だ。


私を治療するためにいるはずの医師と看護師は私を見てはいるが、見ていない。

その視線はまるで虫を見た時にするような視線で、私に対する嫌悪感すら感じる。

人間に上も下も無いと学校で教えられてきたはずだが、この空間には確実に上と下があって、私は下なのだと思い知らされる。


私はいつもの様にベッドに横になると頭部に電極を付けられ筋弛緩剤と麻酔を打たれる。

"電気けいれん療法"と言うらしいが、私には治療の呼び名なんて何も関係がない。

世界がこんなにも発達したというのに、未だに治療で頭に電気を流して痙攣を起こさせる治療が有効だと言われているなんて。

吐き気と頭痛でクラクラするが、助けてくれなんて言ってもこの場所に、私の発言に耳を

傾けてくれる人なんて居ないことを知っている。

まるで拷問のようだ。こんなことを週に2回もするなんて。まだ中世ヨーロッパの様に魔女だと言われて殺される方がまだマシなのではないかと思う。

"死にたい"なんてポツンと言ったものなら治療と薬が増えることもわかっている。

だからそんな事を言うことはもうとうの昔にやめた。

辛くて死にたいけれど、彼女…みゆきさんが、こんな時でも隣に居てくれるから…


ーーー

小学生高学年になったある日、突然彼女は目の前に現れた。

彼女は自分を"みゆき"だと名乗った。

彼女と私はいつも楽しく会話をしていたが、みゆきさんの話をすると私の周りから人は居なくなった。


私の父親は頭が良くて仕事も出来る人だった。私がおかしくなったと母が訴えても、「思春期だから」の一言で片付けて耳をかさずに仕事へ行った。

おかしいらしい私を見ては母もおかしくなり、除霊師だとなのる男を呼んだりもした。

男は私には見えないお化けを消すために塩や水を私にかけた。これで母の気が済むのならと、やられてみたが全く気分の良いものではない。おかしいらしい私が治りはしないために、母は他にも高いツボやら皿だかを買っては「これで安心だから」と自分の安心を買ってているようだった。

その頃から父と母の喧嘩も多くなった。

原因がみゆきさんのせいだと知った時、私はみゆきさんは悪くないのだから喧嘩をしないようにとめたのだが、二人には全く通じなかった。



中学に行くとみゆきさんしか友達は居なくなった。みゆきさんしか話し相手は居なかったのだ。

なぜだか連れていかれた精神科に行くと"統合失調症"なんて病名をつけられて、大量の薬を処方された。

それを飲むと思考が停止してボーっとしてしまうし、吐き気もひどかった。

何よりも薬を内服した時だけみゆきさんが居なくなってしまうのが何よりも苦痛で、薬を飲んだふりをしてはトイレで吐き出した。

高校に行く頃には薬の副作用が強すぎて、中退せざるを得ない状態になり、部屋に引きこもる事が多くなった。

その頃から私の"直観"が冴えるようになり、目の前の家が火事になるとか、あの人がみゆきさんを殺そうとしているということが分かるようになった。

そしてみゆきさんが仕切りに耳もとで騒ぐから、私は火事になりそうな家に水をかけたりみゆきさんを殺そうとしているやつをみゆきさんから守った。

しかし、なぜか、みゆきさんが騒いだ後は、決まって私は気がつくと病院のベッドに拘束されていた。

悪いことなど、1つもしていないはずなのに、看護師や医者から冷たい視線を向けられるようになった。


退院したある日、母は台所で泣いていた。


私の"直観"がまた冴えた。

"母は私を殺そうとしている"と

そしてみゆきさんがまた耳もとで騒ぐのだ。




「お前の母親がお前を殺そうとしているから、母親を殺せ」




母に殺される。みゆきさんにもずっと、

「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ」

と耳もとでしきりに騒がれる。


みゆきさんがあまりにも大きな声で叫ぶから、ひどい頭痛がしたけれど、みゆきさんはいつまでも叫ぶことをやめない。


"殺されるくらいなら殺してやる"


私は走って母の元に行き、首を締め上げた。


母は苦しがりジタバタと手足を動かして抵抗するが私の手を振りほどく事は出来なかった。

でも、それはあまりにも無計画だったもので、その日たまたま居た父親が私の犯行を見つけてしまった。



その日から私は10年もこの病院に入院している。拘束はされないが、携帯電話等の通信機器は持てず、簡易的なベッドがあるだけの、カーテンすらない部屋に閉じ込められた。牢屋よりも人間扱いされないその場所に私以外のおかしな人間が十数人いた。

仲良くなった男は放火した事がある男だった。先週新しく入ってきた女は一見普通の30代の今時な女だが、息子を殺したらしいと看護師が騒いでいるのを聞いた。

この場所は、食事をガラス越しで渡されるし、風呂すら看護師に監視される。

たまにレクリエーションなどという項目で小学生がやるようなゲームをするが、仕事だから仕方なくする、と言った感じでやるのでやる気もでない。

何よりも辛いのが、10年前のあの日からみゆきさんは否定的な事しか言わなくなった事だ。

「なんで殺せなかった」「お前なんて生きていても意味がない」「お前が死ね」

ずっと罵倒してくるが、私は私の側に居てくれるみゆきさんが一番の心の拠り所だった。



また数日がたった。

いつも通りのとてもつまらない日だったが、その日の夜はいつもと違った。


いつもよりも月の光が入らない、暗い夜だった。


コツンコツンと見回りの看護師の足音が響く。


今日の夜勤の看護師は小柄な女性だった。


私の"直観"がまた冴えた。


"ここから出られる"と



またみゆきさんは叫ぶのだ



「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ」と



そして私はあの日の様に看護師のもとへ走った。

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