1章33話 勝利への一手

 間違いなく絶望に近い状況。

 だけど、少しも恐怖はない。戦いが好きだからとかそういった理由ではないんだろう。だって、俺の頭は早く逃げようって未だに叫んでいるからね。実際、毒を使い過ぎたのとイヤホンを使ったせいで魔力がゼロに近付いている。足だって少し震えているんだ。


 それでも体が逃げようとはしない。グランへ助けを求めようとはしてくれないんだ。叫んでいる頭とは分離して、違う考えを持つ脳の一部分が戦うことを強制しているように思えてくる。頭とは別に敵が現れる瞬間まで勝つための何かを探っているんだ。


 そして一つだけ見つけられた。

 もちろん、正解なのかは分からない。ただ感覚的な話で言えば一回目と二回目の両方共が同じ時間しか戦っていないように感じた。もしかしたらでしかないが三体のゴブリンリーダーを、その時間内に倒さなければいけないのかもしれない。そもそもの話、勝利するための条件なんてものがあるのかも不明だ。そんなものがゲームではなく現実世界にあるとは思えないからな。


 だが、仮にそうだとしたら納得がいく。

 新島や池田なら強い魔物が現れたからで済むが、他の二つのパーティは全員が戦えるからな。勝利条件に気が付かなければ倒し切れないとかだったら負けそうになった理由も分かる。ステータスだけは間違いなく勇者と呼ぶに相応しい値だからな。


「ふっ」


 何だか面白いな。

 日本にいた時は常識的に考えられなければ生きてはいけなかった。でも、異世界では常識的に考えてしまうと生きてはいけないんだからな。日本での常識を持ち合わせていない俺からすれば有難い話だ。物事を一から学び直せる分だけ他の人よりも柔軟に考えられそうだし。


 なら、考えを改めよう。

 ここは一つのゲームの世界だ。そして、俺はここのダンジョンのボスをクリアしようとしている。称号などを獲得するために条件を満たして勝とうとしているんだ。だったら、どうやって勝とうとすればいいか。使えるものを使えばいいだけ。


 まずもってゴブリンリーダーは動かない。

 これは二回の戦闘で理解した。そこを活用すればゴブリンリーダーだけを殺すのは容易。それなら他の魔物達はどうするか。編成は……変わっていないならゴブリンナイトを無力化することが必須だろう。ゴブリンマジシャンは詠唱の時間さえ渡さなければ何も出来ないからな。


 決まりだ、ゴブリンナイトを動けなくする。

 一度は死ねるんだ。少しだけ無理をしよう。死なないに越したことは無いがグランの助け無しで、確実に生き残れる可能性は微小。最悪は死んでもいいという覚悟で向かわなければ俺としての勝利は得られない。


 それに何よりも……。

 きっと危なかったら伊藤さんが助けてくれる。俺の頭も、俺の勘もそう言っているんだ。気楽に戦え、俺は決して一人じゃない。俺は伊藤さんを守りたいんだ。そのためにゴブリン如きに負けてはいけない使えるものは何でも使わせてもらう。全ては俺と伊藤さんのために。


 それだけでまだ戦える。

 足が震えようがMPが涸れかけようが俺はまだ負けちゃいない。勝てる要素があるのならそこをつけばいいだけ。ピンチ、そんなものは死にかけてからが本番だ。今は死という存在の一欠片も目には映っていないからな。


 毒の短剣を投げ付け毒溜まりを作る。

 さすがにこれは時間稼ぎだ。何度もやっていたせいか、相手も学習している。もしかしたら生き残った奴の記憶が継承されているのかもな。ダンジョンが作り出した魔物を取り込み直して、勝てるように記憶だけは残したままで排出する。だが、時間稼ぎで十分だ。俺からすれば少しの時間でも惜しい。


「グランさん! 剣を貸してください!」

「……まぁ、いいが」


 意図が分からないって感じだな。

 確かに俺は短剣を使って戦う、だからこそ、片手剣とはいえグランの扱う剣を借りる意味が分からなくて当然だ。実際、俺も扱いきれるかは分からないし俺のイメージ通りに運ぶとも思えない。俺の横に投げつけられて地面に刺さった剣を抜く。想像以上に重いが……振れないほどでは無さそうだ。だったら、問題がない。


 毒の短剣を回収する。

 速度は……かなり落ちるが仕方が無い。こうでもしないと何ともならないからな。MPが切れかけている時点で二つの得物は切れ味の良い短剣と変わらない。刃の長さを活用して受けるために使えれば充分だしね。それに俺がすることは酷く簡単。


「ただ殺すのみ」


 使えるものであれば何でもいい。

 扱い切れるかどうかは別問題だ。仮にここで得物をミスったところで二度目をなくせばいいだけのこと。俺の場合は一回だけならコンテニューが可能なチート体質だ。尚更、やらずに後悔しない選択をした方がいい。何よりも俺にはグランという存在がいるしな。


 短剣を構える、今回は二本だ。

 毒は地面を割られて回収されてしまった。大体だがここまでで四分といったところか。予兆は……まだ無し。ここからは毒・回復無しの俺本来の戦い方をしないといけないと思うと……本来は絶望するんだろうなぁ。今のところ、そんな感情は欠片もないけどね。


「まずは二体」


 短剣を投げ首を落とす。

 ここまでは普通だ、問題はその後の残り一体。二体は狩れる前提で動けるが最後の一体は俺の攻撃を警戒するようになるからな。実際、土の壁を作って隠れてしまったわけだし。こうなると適当に投げて攻撃するのは愚策でしかない。投げることに夢中になって得物無しで戦う羽目になっては元も子もないからな。


 なら、どうするか。


「決まっている!」


 ゴブリンナイト目掛けて走る。

 今は躱そうとしても無理だ、流すことを意識して動かないといけない。直線距離では近付けないな。逃げ道が減ってしまう。今、見えている世界の中で最善の選択をし続けるしかないんだ。幸運の高さを信用して動けばいいだけ。


 一番、近くにいたナイトの剣。

 これは躱せる、問題はその次だ。最前線のゴブリンナイトの後ろにいる五体のゴブリンナイト。最前線は一体だけだったから簡単だったが……。これは躱すことを意識しては駄目だ。俺の前にいるゴブリンナイトに毒の短剣を投げ付けて絶命させておく。構えたりは出来なかったから殺せない可能性もあったが運良く心臓を貫いたらしい。


 だが、他の四体は生きたまま。

 突破口を作り出せたからこれを生かそう。まずは殺したゴブリンナイトの横にいる敵からだ。俺に一番に近いのがコイツだから最初に対処しないといけない。振り上げてきた、攻撃を仕掛けようとしている……他はまだ攻撃をする素振りを見せてこない。だったらーー。


「これでどうだ!」

「ギィ!」


 ゴブリンナイトの手に短剣を刺す。

 投げただけで貫通するほどの短剣だ。軽く振っただけなのに刺さるのを通り越して穴を開けてしまったよ。でも、俺からすれば有難い。緩くなった剣の持ち手を剣で押して手に取る。刃こぼれしているからさすがにこれを使おうとは思わない。まぁ、活用はさせてもらうけどね。


 そのまま剣を手に取って後ろへ下がる。

 さてさて、俺の幸運は未だに高いのかな。一つ運試しといこう。ルールは至って簡単、単純に俺の狙い通りにことが運ぶかどうかだ。刃先を脇で挟んで後ろへ下がるだけ。これで俺がしたいことが起こったのなら……。


「後は飛ぶだけ」


 背後からグサリと音がした。

 すかさずに剣の持ち手に足をかけて刺さった何かの頂点から飛び上がる。幅跳びのように飛ぼうとしたが上手くはいかない。地面のような安定した場所から飛んだわけではないから仕方が無いけどな。それでも、かなり距離を詰めることが出来た。


「すごく運がいいな」


 俺の狙い通りに事が運び過ぎている。

 事実、四メートル程度しか飛べなかったのに俺は安全に着地出来ているからな。俺が注意を引いたおかげか分からないが、ゴブリンナイトの殆どは俺が元いた場所を囲むように円になっている。腹の出たデブ共が密着しているせいか、後ろにいるのは十か二十程度だ。これくらいなら簡単に躱せるだろう。足を止めることもせずに土の壁へ向かって走る。


 ここで六分程、笑い声が聞こえてきた。

 残り一分も無いんだろう。だから、それまでに殺さないといけない。ここまで来れたんだ……きっと俺ならいける。最後の魔力を毒の短剣に流して土の壁に投げた。頼む、これが最後の運試しだ。


 毒によって土の壁が壊れていく。

 それでも距離は近づいたままだ。全てが俺の狙い通りに進むのであれば見つかるはずだ。毒が少ない分だけ壁を全て壊せはしない。だから、これが本当に最後のチャンス。壊れた一部分でゴブリンリーダーが見つかるかどうか、という単純な最後のゲームだ。


「死ねよ」


 回復の短剣を投げる。

 笑みを浮かべたままのゴブリンリーダー……その首が地面へと落ちた。笑い声は聞こえない、他の魔物達も固まったまま……つまり、これは……俺の勝ちでいいんじゃないだろうか。瞼が重く落ちかける、だが、まだ眠るわけにはいかない。


 そう思った俺を嘲笑うかのように。


「ギギィ」


 嫌な鳴き声、新しく現れるゴブリン。

 変わらず百はいるあたり俺の考えは間違っていなかったんだろう。それでも現れたとなると倒す時間が遅かったからか。ゴブリンリーダーを倒しきるまでの時間が長かった……は、少しだけ違うような気がするな。これも何とも言えない勘でしか無いけれど自信がある。


 はぁ……さすがにもう無理か。

 いやいや、これでも結構、頑張った方なんだけれどね。一度は死ねる身だと思って無理をしすぎてしまった。これ以上は本当に体が壊れて終わりだろう。……覚悟を決めて死ぬしかないか。ポーションを飲むのもアリだがそれは奥の手で取っておきたい。


「ギィ!」

「はぁ、殺せ殺せ。逃げないからよ」


 伊藤さんには聞こえないように小さく言う。

 まぁ、伊藤さんが魔法を覚えるキッカケになる場面になるのかもしれない。死ぬのは確かに怖いが伊藤さんが戦えるようになるかもしれないという可能性があるのであれば、一日に一度は死ねる俺の命なんて安いだろう。それに情報の最後に加護の話が軽く書かれていたからな。どんなものかを今のうちに肌で感じておきたい。


 首が閉まっていく、足が浮いてしまった。

 おいおい、マジかよ。二度目の死ってこんなにも優しく感じてしまうのか。グランの時とは比べ物にならないほどに痛くないな。まぁ、HPがゴリゴリ減っているのは分かるけどね。ステータスの高さが関係しているのか、単純に防具のおかげで痛みが緩和されているのか。どっちでもいいか。


 ああ、これは死ぬな。うん、すげぇ死ぬ。

 目の前が真っ暗になり始めてきて……感覚が自分の中から離れていくような……って、手が緩んできたな。これはまさか……って! 待て待て待て! 熱い! すげぇ熱い!


「ファイヤーランス」

「待っ、て……それ俺も……」


 迫り行く炎の槍。

 噎せ返るような熱さの中で俺の視界は暗転した。

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