1章30話 戦えと心が叫んでいる

「あぁっ……」


 上半身を無理やり起こす。

 ここは……間違いない、俺の部屋だ。だが、いつもの朝なら感じない多少の気怠さがあるな。昨日、何かしていたんだっけか。頭が痛いからなのか、全然、思い出せない。……ただ少し頭が痒かったり歯が磨かれていない当たり……万全の状態で寝たとは思えないな。


「あ……そうだ……」


 昨夜……気絶してしまったんだった。

 ヤバいな、いつもならそこまで視野に入れて行動していたというのに。城での生活に慣れてきているって事なのだろうか。だとしたら、鈍ってきているって考えた方がいいな。城であろうと平和に生きられるとは限らない。普段なら寝ながらでも察知出来た物音だって気絶してしまったら感じることも出来ないだろう。


 もし昨日、伊藤さんの部屋に馬鹿が忍び込んでいたとしたら……チッ、本当に下手をした。弱い俺に出来ることと言えば伊藤さんが安心して平和に暮らせるようにすることくらいだというのに。だが、まぁ、いい。一度した失敗を二度も繰り返さなければいいんだからな。運良くと言うべきか、隣からはバタバタと物音が聞こえているから……襲われたとかって可能性は低いだろう。


 頭を強く掻いて手にある物を目元に近付ける。

 やっぱりイヤホンだ、こんなものを俺は大事そうに握って寝ていたのか。もっと大事なものがあるというのに……いや、これも大事ではあるか。強化石を二つ使った代物だ。下手をしたら聖剣並みの能力を得ている可能性すらある。……となれば、やらなければいけないことがあるな。


 イヤホンを仕舞ってアイテム欄を見る。まずは得た能力を知ることが先決だろう。色々なものを捨てて手に入れた能力が弱かったら……いや、そうなったとしたらイヤホンを強化しなかったり、気絶なんかも二度と同じことを起こさないように心に刻めばいいか。そう思い深呼吸をしてから下にスクロールし始めた時だった。


「おい、飯だぞ」


 煩いグランの大声が廊下から響いた。

 この声からして伊藤さんも外へ出ているのだろう。物音の原因も十中八九それか。……まぁ、イヤホンの情報を知るくらいなら移動中でも出来るからな。グランは兎も角として伊藤さんを待たせる訳にはいかないから準備をして部屋を出た。イヤホンについた能力が気になって仕方がないけど今は我慢だ。


 伊藤さん達に挨拶をして食堂へ向かう。

 申し訳ないが今日もゆっくり食べている時間はないからな。食べ始めの時間が早かったのが幸いしたのだろう。食べ終わりでようやく新島達が来ていたよ。伊藤さんも俺との生活に慣れたのか、食べる速度は格段と早くなっている。そのせいでイヤホンの能力を確認する時間は無かったけどね。


「今日はダンジョンの階層ボスと戦うことになる。準備は出来ているのか」


 転移門の前でグランに聞かれた。

 普段とは違い真面目な顔をしている。それだけ階層ボスは強い敵なんだろうな。少なくとも俺よりもステータスでゴリ押ししやすいであろう新島達でさえ、敗北一歩手前まで追い込まれたんだ。弱いわけがないか。幾ら嫌っていようと数値は正義だ。


「準備が出来ていないって言えば階層ボスとの戦いを免れることが出来るんですか」

「まぁ、無理だな。そこを倒せなければより下の階層で戦うことは難しい。下へ行く存在を選別するために階層ボスがあるくらいだからな。……さすがに戦闘の継続が不可能と判断した時は俺が助けに入るから安心してくれ」


 だろうな、それは気が付いていた。

 俺達に価値がある……というわけでは無いかもしれないが、少なくともグランは俺達を殺させる気は無いんだろう。何時もなら所持していない片手剣を腰に二本差しているからな。あれがグランの本当の得物なのかもしれない。


「なら、安心して死にに行けます」

「……死ぬ気でかかるって事だな」


 グランの表情を強ばらせてしまった。

 冗談のつもりで死ぬという言葉を使ったがグランには好ましく思われなかったらしい。いや、当たり前か。俺の場合は加護で一度は死ねるが他の人は違う。グランの立場ともなれば大切な人だって何人も死んでいる可能性がある。なんと言ったって戦争大好きな王国の兵士長なんだからな。


「俺が死ぬと思いますか」

「いや、お前なら何とか出来ると思っている。それでも二人には死んで欲しくはないからな。だからこれだけは、死ぬ気であろうとなんだろうと頭に入れておけ」


 グランの表情が笑顔に変わる。


「周囲の状況をしっかりと理解しろ。それが出来るかどうかで生き残れる可能性がガラリと変わるからな」


 周囲の状況を理解しろ、か。

 当然の話だが……ここで言うということは階層ボスに繋がるヒントなのだろう。よくよく考えてみれば新島がタイマンでボロボロにされる事なんて無いだろうからな。となると……なるほど、何となく戦う階層ボスの予測がついたよ。俺の顔を見てグランも安心したのか、伊藤さんを鼓舞しに俺から離れていった。


 その間にアイテム欄を開く。

 伊藤さんへの鼓舞がすぐに終わったせいで詳しく見ることは出来なかった。だけど、大まかな新しくついた能力は分かったよ。全部の説明を読み切ることは出来なかったけどね。足りない部分は補って使わなければいけないが悪い能力では無いだろう。


 イヤホンを右腕に巻いた。

 さながら新しい腕輪のような感じかな。だけど、俺から見てもダサさを感じる。それでも使えるアイテムだから外すって選択肢は無いんだよなぁ。手に持って戦うのは難しいからね。俺のメインウェポンはイヤホンではなく短剣だから片手が埋まるだけでも大きな痛手になってしまう。


 肝心の能力名は『不壊』だったが……まぁ、詳しいことは考えないようにしよう。俺が見た限りだと付与されている道具に傷が付かなくなり壊れなくなるというだけの能力。俺がイヤホンを使う一番の理由はそっちでは無く『聴覚破壊』の方だからな。壊れなくなった分だけ良かったと思おう。


 三人で四階へ転移する。

 転移門は階段のすぐ近くだからね。一息つく間もなく階段を降りた。長いとか、そういう変化は特にはない。だけど、降りきってすぐに明確な違いがあった。それは階段の終わりにちょっとした空間があることだ。空間の少し先には大きな扉が置かれている。


 きっと扉の先が階層ボスのいる場所だ。

 今更ながら足が軽く震えてしまう。例えるのであればテスト前の教科書の確認とかかな。覚えたとは思うけど確実とは言えないみたいな感じだ。俺だって強くはなったが新島でさえも苦戦した敵というだけで自信が揺らぐ。俺も一対一が得意な戦い方だからね。


 俺の予想は当たっているのだろうか。

 この震えすら武者震いのように思えてきた。ここを越えられなければ俺は新島達未満と言うことになってしまう。悪いがそれだけは勘弁だ。男としてのプライドとかじゃない。あんな見せかけだけの勇者様に負けたくはないってだけだ。


 扉を強く押して先に中へ入る。

 伊藤さんは連れてくるべきじゃなかったかもしれないな。まぁ、一人で戦うなんてグランも伊藤さんも許してはくれないだろうけど。果たして俺如きが伊藤さんを守りながら階層ボスを殺せるんだろうか。……悩んでも仕方が無いか。


 広大な空間が白い煙に包まれていく。

 それと同時に短剣を構えイヤホンに魔力を流した。グランと戦った時より魔力の使い方や短剣の振り方は上手くなったからな。俺の本気を持って階層ボスを倒させてもらう。この戦いでスキルレベルだって上げさせてもらわなければいけないからな。全ては幸せに生きるために。


 目の前の煙が晴れていく。もしかしたら俺の覚悟が反映しているのかもしれない。だが、そんな軽口はすぐに頭から消え去った。煙が晴れた俺達の前に現れたのは百はいるであろうゴブリン達だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る