1章31話 自分らしく

 これは俺の想像以上だな。

 さすがに十や二十はいるとは思っていたんだが、目の前にいるゴブリンは間違いなくその程度では済まない。それに……俺の考えが当たっているのであれば三体だけ……ゴブリンの上位種がいる。少しだけ緑が淡いゴブリン、十中八九、ゴブリンリーダーだろう。


 大体はゴブリンの十倍の強さがあると考えていい相手だ。まぁ、元のゴブリンが弱い分だけ強いとは思えないだろうが、俺のステータスより高いと言えば分かりやすいかな。防具や武器の無い俺であればタイマンで戦っても勝ち目はなかったかもしれない。


 これだけいれば……新島達が苦戦した、もとい負けそうになった理由もよく分かるな。今までが一対少数だっただけ、戦いに慣れていなくても簡単に勝てただろう。相手はゴブリンという最弱の敵、だが、そんな雑魚であっても百といれば話は変わってくる。ましてや、ゴブリンリーダーとゴブリンの違いも分からなければ雑魚と考えて突っ込んで負ける未来すらあるだろう。


 新島は兎も角として愛人達は戦えるわけではないからね。俺ならば伊藤さん一人を守れば済む話だけどアイツに関しては三人だ。それは池田も同様の話。ただ……それならば何故に遠山や鬼塚達も負けそうになったのかがすごく疑問なんだよな。あそこに至ってはピックアップされた二人には敵わずとも、それなりに戦える人がいたはずだからね。


 となると……何かあるよな。

 まぁ、それは後回しでいい。監視の目がない分だけ死ぬ気でやれるからな。こういう時に本気を出せない人間が急遽、力を出せるとは思えない。少しだけ俺の考えに反するがそれも致し方なしだ。考える時間と未来、もしくは伊藤さんのどちらをとるかって話だし。


「伊藤さんは後ろで見ていて! 動きがあったら大声で教えて欲しい!」

「了解です!」


 多少は怯んでいるんだろう。

 それでも動けないってことはなさそうだ。杖を構えているから近付いたら殴って倒すつもりなんだろうな。魔法が使えればとは思うが……いや、それも後回しだ。魔法を使えなければ困る理由は今のところないからね。俺には俺の、伊藤さんには伊藤さんの成長の仕方がある。


 なら、俺はどうするべきか。

 そんなの決まっているよな。伊藤さんを見て目を血走らせているゴブリン達を惨殺する。ここまで来た中でのゴブリンに毒耐性がある奴はいなかった。それならば短剣で毒に侵させてみれば勝ち筋は見えてくるはず。まずは……グランと戦った時のように毒をばら撒くしかないか。相手の出方が分からない以上は動くべきではない。


 伊藤さんに申し訳ない気持ちが湧いてきた。

 だって、これからするのは伊藤さんを囮にする行為だからね。もちろん、トラウマにならないようにゴブリン達が伊藤さんの近くに行けないようにはするつもりだ。だけど、全員を殺し切れるかと聞かれれば首を縦には振れない。だが、囮にしないという手も悪いが取れないんだ。


 少しでも手を抜けば簡単に負ける。

 伊藤さんへ注目が向いている間に数は減らしておきたいからな。俺が女ならもっとやり方はあったんだろうが生憎と男、伊藤さんに付きっきりも相手の多さからして出来るわけもない。となると、使えるものは使わなければ。俺達が勝つためには俺の持つ毒を上手く使うしかない。これを簡単にバラ撒けたら楽なんだが……良い方法が思い浮かばないな。また走り回るしかないか。


 今いる場所から右側に走り込んで地面に毒を撒いておく。耐性のない人ならば触れるだけで徐々に足元から溶けていく毒だからな。少し触れるだけで十分だ。……そう考えると体内に入ってもダメージが薄かったグランのヤバさが分かるな。真面目な話、チート持ちだと言われても何の疑いも持たないような存在だ。


 伊藤さんならばその前に大きな毒の溜まり場を作ったから大丈夫だ。ゴブリン程度なら匂いを嗅ぐだけで死ぬかもな。それくらいには短剣の毒は強い。囮にするにしても何にしても伊藤さんを傷付けさせやしない。そのためには俺だって冷静に、しっかりと考えた上で行動しないといけない。少しでも下手をする可能性は減らさないといけないからな。


 ゴブリンの群れの横までついた。

 俺を見るゴブリンは数えられる程、他の大半は伊藤さんしか見ていない。……まぁ、急いで近付いた数体は毒を踏んで死んでしまったけどな。足が溶ければ次は胴体が溶けて……そして素材も毒で消えている。捨てるほど余っているから後悔は特にない。


「こっちを見ろよ」


 毒の短剣を投げ付ける。

 魔力を少し多めに流しておいたから通った道にも毒が落ちている。短剣自体の貫通能力も高いから止まることはなかったみたいだ。そのままガスッと硬いダンジョンの壁に刺さってしまった。普通ならば為す術もない状況に陥ったんだが俺は違う。


 刻印で手元に戻して再度、投げる。

 毒を垂らした場所以外を通るようにしなければいけないからな。すごく集中力がいる。伊藤さんに近付くゴブリンを見ながら、それでいて俺にヘイトを向けてきたゴブリンとの距離感を測りながら投げるからね。毒に至っては俺が触れても大ダメージだから配慮しないといけないことが多過ぎる。


 後二回は投げれるかな。

 未だに伊藤さんへと走るゴブリンは多いようだ。さすがにゴブリンリーダーは距離を取ったままで静かにしているが……それが逆に怖い。出来れば毒で全てを殲滅させたかったからね。この様子だとゴブリンしか狩り取れなさそうだ。出来れば俺に全ヘイトが向く前に毒を撒き終わりたい。


 再度、手元に戻して投げる。

 計四本の毒の道を作れたな、これで移動はかなり制限させられた。相手がゴブリンということもあって何も学ばず踏んで死ぬやつが殆どだからな。後は……もっと踏む確率を増やすために縦の毒の道も作っておこう。そうすれば躱せなくなってチェックメイトのはず。この短い期間で色んなことを頭に入れたんだ。その中に自分が使うヒュドラの知識もある。


 ヒュドラの毒は乾きづらい。

 とは言っても水に比べてとは付け加えられるけどね。このジメジメとした洞窟の中ならば陽の光が無い分だけ蒸発しづらいだろう。触れるだけで致命的、そして炎への耐性もなければいけない。それらを含めて準備をしなければ倒せないからヒュドラはSランクに認定される魔物らしい。


 Sランクが最低ランクのGに負けるか?

 答えは否だね、蚤が象を食い殺すくらい無理な話だ。そのSランクの毒を使うんだ。使い方さえ間違えなければ俺が負ける要素はほんの数パーセントもない。防御面だけで言えばヒュドラにも負けず劣らずの数値だからね。まぁ、それも俺本来のステータスではなくて装備のおかげなんだけど。……だが、使えるものは幾らでも使わないとな。俺だって死にたくはないんだ。


 グルリと回ってゴブリンから距離をとる。

 しっかりと短剣の刃先を地面に向けて毒は垂らしているからな。愚直に追って毒に触れたらそこでアウト、他の仲間達がどうして死んだのかなんて知能のないゴブリンには分からないだろう。素材だってなんだって要らない、俺は勝ちたいんだ。


 目の前に現れたゴブリンを斬る。

 運のいい奴らだ、俺の撒いた毒に触れずにここまで来れたわけだし。いや、逆かもしれないな。毒を大量に流せば入った傷口から一気に体を溶かしてしまうが、近距離で振るう分だけ毒は減らさなくてはならないからね。振って自分にかかってしまったら俺が溶けてしまう諸刃の剣、そのせいで近距離だと少しずつ毒を味合わされる事になってしまう。だから、すぐには死ねない。


 もういっその事、毒耐性でも取ろうか。

 荒療治だろうが毎日ヒュドラの毒を浴びて、回復の短剣で治せばいつかは取れるんじゃないだろうか。もう少し前に気がついておくべきだったな。こういう場面で自分の使う毒のデメリット面が強く出てくるとは。いや、こういう時ならではか。ただ平々凡々と生きていただけならば気が付かなかったかもしれない。そういう点で言えば魔物達に感謝しないといけなさそうだ。


 さてと、最初にいた場所へ戻ってきた。

 このまま縦にも投げて毒の道を作ればいいな。ゴブリンさえ狩れば残りは未だに何もしてこないゴブリンリーダーだけだ。そう考えると……なんだ、楽勝じゃないか。まぁ、単純に触れただけで魔物を狩れる毒が強過ぎただけなんだけどさ。ゴブリンの九割は設置した毒に勝手に触れて死んでくれたわけだし。……そういう所も幸運が関わってきているんだろうか。


 まぁ、いい。早く終わらせよう。

 早く終わるってことはいいことだ。帰るも良し、レベル上げをするのも良しで色々なことが出来るからね。何なら毒耐性を取るためにヒュドラの毒を浴びるのもアリだ。……いや、やっぱり怖いからガチャで出すことにしよう。そこまでやれる人は頭のネジが数本ない奴だけだろう。


 再度、毒の短剣を投げる。

 目的はもちろん、毒の道を増やすことのみ。ゴブリンリーダーもゴブリンと同程度の知能しかないのであれば勝手に死ぬ可能性もあるからな。数が減ったからと言って油断してはいけない。勝てると思えるまでは距離を詰めてはいけないんだ。ゴブリンリーダーの位置を確認して刻印で戻し頭めがけて投げ付ける。その瞬間だった、ゴブリンリーダーが笑ってみせたのは。

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