1章15話 適当な男
「丸一日、寝ていたって早く教えて欲しかったよ」
「何分、タイミングが良すぎましたからね」
「でもさぁ……」
揺られる馬車でグランの言葉を思い出す。
あの言葉の通り本当に起きたばかりの俺を無理やりにグランは連れて行った。グランが担当と言うこともあってか、俺達の馬車は二人しか乗っていない。そこまではいい……ただ、着の身着のままで来たせいで心の準備が出来ていない。もっと言うと回復のためにMPを使ってしまったのも失敗だった。
伊藤さんと二人っきりなのはいい。
だけど、それで何も知らずにダンジョンへ向かわされるのは違うだろ。皆がされたであろう詳しいダンジョン説明も俺はされていないわけだし。とはいえ、そこまで難易度の高いダンジョンではないと思うから心配はしていないけどね。命の取り合いとなってしまう恐怖はあっても装備からして易々と死なないのは分かっているし。
「まぁ、一日も寝ていたとは思いませんよね」
「うん、寝ていた部屋に窓が無かったのも悪かったと思うよ。外が明るかったら気がついていたかもしれないのにさ」
勘づいていたとしても愚痴は言うけど。
俺からしたら二日目にして命をかけた戦闘を体験するわけだからね。気絶したせいで本来あったはずの二日目の記憶すらないし。グランとの模擬戦で覚えた疲れすらも回復し切っていないのに戦闘かよってどうしてもなってしまう。まぁ、情報通りなら最悪な考えを持つ王国っていう認識だし不思議には感じないかな。
馬車に十数分は揺られていただろうか。
その時間、寝ているような起きているような、どっちつかずな意識の中をさ迷っていた。途中、何度か隣に座る伊藤さんの肩に頭を乗せてしまっていたせいで申し訳なく思ってしまう。乗せたところで払われたりするわけでもなかったから怒ってはいないと思うけど……後で謝っておこう。
「おう、着いたぞ」
「分かりました」
グランが外から呼んできた。
綺麗、そんな感情が一番に湧いてくる。初めて見た異世界の外の世界は木漏れ日が至る所に差し込む森の中だった。人通りはあるんだろう、出た場所は広場のように整理された空間だったし。少しだけ辺りを見渡してみる……少し遠くに洞窟らしき場所があるから、アソコがダンジョンかな。
「あまりキョロキョロするなよ」
「すいません、目新しいものばかりで」
「……まぁ、その好奇心も強さの秘訣なんだろうな。別に構わないが今の状況はお前の嫌う目立つに当てはまってしまうぞ」
目立つね……確かにそうかも。
それでも目立つ理由は俺のせいではないだろ。他にも辺りを見渡す人はいるわけだし。俺達が目立っているのは多分だけどグランがいるからだ。特に勇者様からは少し恨みが篭っている視線を向けられているな。もしくは妬みか。
「状況を知らなければ何も出来ませんよ」
「確かにそうだな、戦士としては周囲を確認することは間違っていない。例えば」
グランが石を一つ持ち上げ投げる。
ギャッというヒキガエルのような声が聞こえた。草むらの中……倒れてきたのは小さな緑色の鬼だ。いや、鬼といっていいのかは分からない。鬼と呼ぶにしては覇気がなく顔も醜悪で嫌悪感を抱かせてくる。これが……ゴブリンか。
「気持ち悪い……」
「初めてなら誰だってそんな反応をする。俺だって見たくて倒しているわけじゃないからな。倒さなければいけない理由があるんだ」
頭をガリガリと掻きながら話す。
アイツを見せたのはダンジョン前に戦う敵を教えたかったからかな。俺なら兎も角として、伊藤さんはゴブリンなんて知らないだろう。初見であれば戦うのすら嫌悪感から拒んでしまいかねない。俺でさえも近付きたいと思わないからね。異世界の知識のない女性なら尚更だ。何ならGよりも質が悪いかもしれない。
「この世界には魔物という人間の敵がいる。知恵も文明もなく生きるために人を殺し食らう奴らだ。あのゴブリンに至っては殺しても殺しても数を増やすからな。そして数を増やすために人間の女性が攫われる」
「ゴブリンのメスが少ないから人間の女性で代用する、ですよね」
「そうだ、しかも知恵がない分だけ攫われた後の救いがない。子供を産めなくなれば早々に生きたまま食い殺されるんだからな」
あっけらかんと言うなよ。
俺からすれば驚きはない。ライトノベルを見ているか、ゲームをしている人なら大概は持っている知識だからね。でも、伊藤さんは違うだろ。そんな酷い話が身近にあると聞かされるのが知識のない人からすればどれだけ心に来るか。他の転移者が傷を負おうと俺には関係がないが伊藤さんは別だ。しかも大声なのが余計に悪い。新島の取り巻きとかが吐いたりしている。
「だから、俺達のような兵士がいるんだ。王国の国民を守るための存在がな。そして俺達だけでは数が足りない。そこで連れてきた状態から一般兵よりも強い異世界人を呼ぶんだ」
グランはそう捉えているのか。
まぁ、人間らしいグランであっても彼は王国の兵士の一人だ。わざわざ自分の立場を揺るがすようなことをするわけにはいかないからね。俺と二人っきりでも同じような戯れ言を口にしていたのだろうか。……いや、別にいいか。
「ダンジョンで戦うのも自己防衛出来るようにしてもらうためだからな。お前達にも強くなってもらう。少なくとも俺が二人を助けてやるから心配はしなくていい」
「でも……」
「伊藤さんは俺が守るから安心して」
「……そうですね」
お、なんか反応が違うな。
グランの言葉でも安心した素振りは見せなかったから言ってみたんだけど、思いのほか伊藤さんの表情が和らいだ気がする。確実とは言えないけど間違っていなかったら嬉しいな。ただ……。
「俺が危なくなったら伊藤さんも助けてね」
「もちろん、私の魔法で燃やし尽くします」
とても心強い言葉だな。
どこまで出来るのかはやってみないと分からないからね。こうやって聞いてみて返してくれるってだけで俺にはありがたく思えてしまう。戦うための勇気って意外と簡単なことで湧いてくるんだ。何かを守るためだったり、何かを成し遂げたかったりみたいなね。
「俺が守ってやるよ」
「それは最悪な場合以外は大丈夫です」
「俺の扱い酷くないか」
そりゃ当たり前のことだろ。
誰が好き好んで無精髭を生やしたオッサンに守ってもらいたいと思うんだ。どうせ、守ってもらえるのなら可愛らしい女性に守ってもらいたいに決まっているだろ。ってか、それが男の心理だ。異論は認めない。
「はぁ、そう言ってくるのは信頼からだと思うことにしよう」
そう考えて貰えると助かるな。
別に馬鹿にして言っているとかではなくて俺の性分が揶揄うのが好きってだけだからさ。話して楽しい人には適当なことを言ってしまうんだよね。少なくともグラン相手じゃなかったら違うことを言っていたと思う。でも、やっぱり可愛い子以外に守ってもらいたくはないな。
「ここから先は二人の知らない世界だ。あまり調子に乗って前へ進もうとするなよ」
「分かりました」
「……はい!」
グランが洞窟の中へと入っていった。
勇者達は……もう先に言ったんだろう。洞窟へ入る手前まで目に入ることは無かった。街灯だけが輝いているような夜の暗さ、短剣を抜いて一つ深呼吸をする。ハッキリ言うと怖い、どこに何があるかも分からない明るさで横から奇襲とかもありえるからね。本当に死が身近に感じられるんだ。怖くない人の方が俺からすればおかしいと思う。
伊藤さんの顔を一瞬だけ見る。
それだけで不思議と恐怖が薄くなった気がした。足が軽いみたいなのは感じないけどさ。前へ進むことくらいなら出来る。伊藤さんの方を見て手を取った。勇気をくれる温もりを感じながら、もう一度だけ深呼吸する。
「行こう、グランが見えなくなっちゃう」
「はい、行きましょう!」
伊藤さんを連れながらグランを追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます