1章11話 継ぎ接ぎだらけの模擬戦

 新島の大きな声と共に突撃を開始した。

 愚直に真っ直ぐ進むだけだ。でも、ステータスを手に入れたからなのかギリギリ目に終える速さに変わっている。少しでも目を離していたら消えたと錯覚してしまうかもしれない。その背後にいる三人は……まぁ、動けていないよね。初めてのことに体を動かせていないみたいだ。


「ふんっ!」

「阿呆が」


 勇者の片手剣による斬撃。

 その振りの速度も大したものだけどグランには効いていないみたいだ。俺でもハッキリ見える速度で流したかと思うと、次いで来た横振りを拳で叩き落としていた。詰まらなさそうに新島を見ている目が気に入らないんだろう。イライラしたように剣を振り回している。


 俺なら……躱せないかな。

 一発目、二発目……ここまでなら腕の動かし方でギリギリいけるかもしれない。だけど、今みたいな縦横ランダムな振りはステータスの都合上、グランのように躱せないだろう。当のグランは楽々と躱して欠伸をしているけど。本当に余裕なんだろうな。


「……うむ、やはりこの程度か」

「何が! だ!」

「勇者と言えども予想の範囲内でしかないと言っているんだ。この程度なら我が国の兵士にも及ばない」


 一分も経っていないと思う。

 その短時間で新島君の本来の能力を測り切ったのか。まぁ、その判断が正しいのかどうかは俺には分からないし、俺からすれば両方とも強いんだよね。この世界における強さの基準は分からないから俺を基準にした場合だけど。戦ったら……運が良いかどうか次第になりそうだ。短剣が当たれば勝てる可能性はある。


「お前の後ろの子達も同様だな」

「え……」

「連れてきてしまったことは申し訳なく思うが戦えないのであれば、国の莫大な資金を注ぎ込んでまで城に残す価値はない」


 グランの言葉にメサリアが嫌な顔をした。

 アレが本音なんだろう。よく小説の中で使えないと思われた人達が城から追い出されたりするが、王国でも同じく使えないと判断すれば外へ出すんだろうな。もしくは……いや、その考えはしないでおこう。そうなる可能性が一番に高いのは逃げ出そうとしている俺自身だしな。


「勇者、一つだけ言わせてもらおう」


 大きな溜め息。

 新島はそこをチャンスと取ったのだろう。一気に距離を詰めて剣を降っていた……が、空を切るだけだ。それもあってか、グランの表情に優しさの欠片もアリはしない。それどころか大きな舌打ちすら聞こえてきた。


「得たばかりの力に酔い、立場に酔い、ただ剣を振り回すだけの勇者様とやらに、十何年と剣だけを振るい続けた俺に勝てる要素があると思うか」


 誰よりも重く強い言葉。

 異世界転移という夢物語のような展開に、そして選ばれたかのように高いステータスを貰った新島が一番に辛いだろう。対してグランからすればふんぞり返るだけの新島をよく思えない。当然だよなぁ、俺だって頑張ってきたものを数秒で得ただけのハリボテを好きにはなれない。まして、ハリボテの態度も悪いわけだし。


「消えろ、俺の前から」

「ぐふっ……」


 鈍くて嫌な音が響いた。

 ボゴっとか、よくある表現じゃない。もっと言葉で表すには難しいような音。本当なら好きでもない奴がボコられている姿は気分がいいんだろうけど……あの音を聞いてしまうと少しだけ同情してしまうよ。


 新島は……気絶してしまったのか。

 そのまま最後まで動けずにいた三人を一瞥して兵士を呼んでいる。勇者パーティとの模擬戦は終了ってところだろう。どことは言わないがビショビショになっている人もいる。可哀想とは思えない、四人全員がそれだけのことを他の人にしているわけだからね。横にいた伊藤さんはどこか笑っているようにも見えた。


「次はそこのお前達だ」


 グランが指を向けたのは池田だ。

 新島がアッサリ負けたことに動揺しているんだろう。首を強く横に振っている。が、許されるわけもなく兵士に無理やり連れていかれていた。パーティメンバーは……さすがに女性陣を連れていくのは気が引けたんだろう。グランの前に立たされたのは池田だけだ。


 そして、一分と持たずに負けた。

 一応は武器として片手剣を渡されたみたいだけど数回、振っただけでグランから出るように指示されてしまっている。弱いとかではない、少なくとも転移してきた人の中では二位三位を争うほどのステータスはあったはずだ。


「次」


 選ばれたのは遠山達。

 ここは男性メンバーだったこともあって全員がグランの前に立たされていた。ここのメンバーは新島や池田と違って戦う選択はしている。加えて誰かが突っ込んでは他の人が違う方向から攻撃したりと軽い連携は取れていた。それだけでもグランには好印象だったんだろう。一人一人と簡単に負け続けたが手荒なことはされていなかった。


「頑張ったな、次だ」


 選ばれたのは鬼塚。

 ここは……連携のレの字もない最悪な戦いだった。最初に突っ込んだ鬼塚は簡単に流され、自分の勢いだけで壁へとぶつかって気絶。他のメンバーも鬼塚が欠けたことで統率すらされずに纏めてやられてしまった。そして、次、次と男女問わずにグランと剣を交えていく。


「最後だ」


 最後、その言葉がすごく重く感じられる。

 伊藤さんがいるからか、俺達が選ばれたのは他のパーティを殲滅した後。本当の最後のパーティとして選ばれてしまった。本音を言えば戦いたくはない。本気は……出せないかな。それで目をつけられるのは御免だ。


 ただそれだと誰よりもステータスの低い俺は簡単に死んでしまうだろう。生き返れるとは言っても死にたいとは思わないからなぁ。そこら辺に関しては死なない程度に、力を出すしかないか。


「伊藤さんは残っていてもいいよ」

「……ショウさんを一人には出来ません」

「……そっか」


 怖いんだろうね、肩を震わせている。

 恐怖を隠すために俺があげた杖を握りしめているんだし。そこまで怖いのなら俺一人で当たって砕けるだけなのにさ。……本気を出したところで勝てっこない敵を伊藤さん有りきで何とかするのは不可能だよな。それでも……いや、それでも俺は目をつけられたくはない。申し訳ないとは思うけど。


「俺達は武器があります。なので、用意はしなくて大丈夫です」

「ほう……神からのギフトか。まぁ、いい」


 短剣を隠さずに見せた。

 反応は変わらないが目だけは鋭くなっている。一目で両方ともがかなりの代物だと気付いたんだろう。戦うのであれば……欲を言ってしまうと死神のローブも着たかったな。まぁ、アレは違う意味で目立つから着けられないけどさ。それにタンクを担う俺には腕輪と指輪がある。強化幅からして防御に関しては池田よりはあると思う。だから、簡単には死なない。


「死にたくないんで手加減、してくださいね」

「それは……お前達次第だな」


 怖いなぁ、本当は戦いたくないのに。

 誰が腹パンだけで人を気絶させられる人と戦いたいと言うのか。そんな戦闘狂は日本ではいないだろう。サイコパスとかなら別だけどさ。生憎と俺は厨二病ではあってもサイコパスではない。屑とかなら言われてもおかしくはないだろうけど。


「俺は弱いんですよ」

「知っている。御託はいいから来い」

「はぁ……はいはい!」


 距離を一気に詰める。

 グランは……防御の構えすら取らないか。新島とかに比べれば俺は格段と遅いしな。油断ではなく加減した上で見てから行動することを選んだんだろう。ここでやられるのならそれはそれでいい。その時は俺はその程度でしかないということだ。


「ふっ!」

「効かぬ!」

「そうかい!」


 倒すのなら倒せ。

 俺は手の内を見せずに、そして死なないで勝負を決したいんだ。伊藤さんは守りたい、だけど、この戦いにおいてグランが伊藤さんを殺すとは思えやしない。前の赤鳥達だってそうだった。戦えない人に対してグランは手を出すことはしなかったからね。それなら、やることはただ一つ。


「死んでもいいから逃げない」


 後ろへ飛んで距離を取る。

 反撃はして来ないようだ。俺の手の内を探っての事だろうけど、その手には乗らないぞ。俺の目的は自由に生きること。そのために目をつけられることはしたくはないんだ。申し訳ないが考えつく一手を繰り出すつもりなんてない。


 毒の短剣を投げて牽制。

 躱した隙をついて距離を詰め、そして……。


「……ふざけているのか」

「い、てぇ……」


 剣による反撃を食らってしまう。

 なまじ、これで気絶してくれれば最高だったのに無理だったか。頭がグワングワンするのに意識はハッキリしたままだ。神様は戦えって言っているのか。こんな俺の意思に沿わない場所で本気を出して勝ちに行けって。


 いやいや、無理だね無理無理。

 幸運が高いから目をつけられないように可能性があっても、一パーセントでも自由を奪われる可能性があるのならしたくはない。これは誰だって当然のことだ。だって、俺の一番最初の目的は城から抜け出すこと。目をつけられたら難易度を上げてしまうことになるし。


「おい、お前」

「なん、ですか」


 この状況で問答でもする気か。

 頭が痛くて考え事が出来ない俺に対してやるなんて鬼畜だな。イカつい見た目通り性格がとことん悪いらしい。いや、底意地が悪いと言った方が正しいのかもな。


「何で手を抜いている?」


 一瞬、時が止まったような感覚がした。

 手を抜いている……いや、バレていてもおかしくはないか。俺の意思を汲んでか、小声で聞いてくるあたり心底、疑問に思っているらしい。手を抜いている理由ね……答えてもいいが素直に言う義理はないよな。


「何のことやら」


 声に出すのもやっとか。

 このまま話を続けるのであれば……回復も視野に入れるべきか。いやいや、それだと戦闘を続行してしまう事になる。それは俺の本意ではない。勝とうが負けようが早めに決着を付けたいしね。


「本気で殺す気は無い。だが、俺はそんな中途半端な奴が大嫌いでな」

「これが、本気なんでね」


 回復の短剣も投げつけておいた。

 まぁ、当たるわけもなく。これで俺が力を出さずに出来ること全てをやり切った。後は一思いにぶん殴ってくれればそれでいい。気絶しようがなんだろうが倒れて動けなくなれば試合終了。それ以上に欲しい結果はないだろう。


「……悪いが仕事なんでな」

「分かっていますよ」


 首を掴まれてしまった。

 ああ、これは本当に辛いな。息が喉を通らない苦しさ、声の出ない不安さ……徐々に脳へ送られる酸素が減っていくのが自分で分かってしまう。体を動かすのは……無理だね。開き切っていない目からは間違いなく殺気が漂っている。


 これが……死、なのか。

 初めて感じる感覚だ。転移する時もこんな感覚を知ったんだろうか。これは……確かに二度と感じたくないな。人が一度しか死ぬ事が出来ないのはそのせいなのかもしれない。例え生き残ったとしても絶対にトラウマになってしまう感覚だ。これを受け入れるしかないのか、そう思った時だった。


「その人を離して!」


 炎の槍がグランの右腕に突き刺さった。

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