1章10話 兵士長グラン

 朝食を終えて向かったのは畳の部屋だった。

 四方の壁には剣や盾などの色々な武具が置かれてあり十何人もの兵士が真ん中にいる。俺に名前を決めるように言ってきた髭の兵士もいるようだ。中には見たことのない顔ぶれもチラホラいる。そのどれもが緊張しているようで表情に優しさの欠片も見えない。


「ようやく揃ったようだな」


 声を上げたのは……髭の兵士だ。

 俺に話しかけた時に比べて少しだけ態度がデカくなっているな。ナメられないようにしているのかもしれない。まぁ、その行動も分からなくはないかな。見た感じからして年齢は勇者の倍程度はありそうだし、俗に言う面子やプライドってものがあるのだろう。


「貴方は……」

「俺は兵士長のグランだ」


 新島の言葉に力強く即答した。

 なるほど、アレだけの威圧感を放っていたのも兵士長としての立場故か。俺に話しかけていた時はまだ温和な雰囲気だったから気にしていなかったけど……これなら兵士長とかいう役職持ちでも疑わない程の力がありそうだな。


「兵士……長……?」

「ああ、兵団や師団を纏める存在だ。一応は兵士の中で一番に高い位を頂いている」


 兵士で一番に強いということか。

 そう考えると易々と話を返していた自分を恨みたくなるな。もう少しだけ目立たない返し方があっただろうに。知らなかったとはいえ、影で目を付けられてしまった可能性がある。せめて、城から出るまでは有能な【ガチャ】の存在だけは隠しておきたい。俺自体が有能かどうかはさておき、考えないでおこう。悲しくなってくる。


「そんなに強い人が何故」

「頼まれたからだ、でなければ、こんなにも面白みの無さそうな奴らの指導などしない」

「面白みがない……」


 へぇ、そういう人もいるんだ。

 てっきり、勇者に付けいろうとして買って出る人が多いんだろうとか思っていたけど。どうも、こういう古臭そうな考えを持つ人も少なからずいるらしい。これは良い情報だな、城の中にも少しなら力を見せて良い相手がいるって分かっただけ御の字だ。俺が面白そうに該当さえすればグランからの信用は得られそうだな。そうなれば城で困ることも減るだろう。


 まぁ、そんな考えをしているのは俺だけか。

 会話をしていた新島君に至っては握り拳を作ってワナワナしているし。何かが彼のプライドでも傷付けたのかな。チンケな自分優先の糞野郎の微塵の価値すら無いプライドを。


「何を怒っている」

「面白みの無いって何なんですか」

「そのままだ、ニホンとやらから来る勇者共はいつも傲慢でな。そんな奴らに何を教えろと思っているだけだ。女遊びか? 楽に強くなる方法か?」


 うっわ、すっごい煽りだな。

 俺とか伊藤さんには効かない煽りだけど新島君からすれば……あらら、見ただけで分かる。顔を真っ赤に怒り狂っているよ。アレが俗に言う茹でダコ状態って奴かな。今の新島君を見たなら違う意味で面白いんじゃない。まぁ、当のグランは表情一つ変えずに睨んでいるけど。


「とはいえ、全員では無いがな。数人は面白そうだと思える存在はいた」

「それは」

「無論、お前じゃない」


 威圧感は残したままに言い放った。

 もちろん、俺には分かっている。その話をしている時の視線の先にいたのは新島ではなかったことを。グランが見ていたのは俺でもない、その後ろにいる……伊藤さんだった。それを知っているからこそ、俺には少しの驚きもない。ただ、見た感じで中年は超えているだろうに伊藤さんへ熱い視線を向けるのはどうかと思う。


「文句があるのなら模擬戦の時に言ってもらおうか。このままでは時間の無駄だ。その時になれば幾らでも本気を出していいから俺の考えを変えてみろ」

「あ、ああ! やってやるよ! やってやればいいんだろ!」


 何とも言えない小物感。

 だから、面白くないだとか時間の無駄だとか言われるんだろうな。実際、新島君を知らない人からしたら今の姿を見ると情けない人にしか見えないだろうし。ってか、ファンだったであろう女子でさえも不思議そうな顔をしている。見たことのない姿で困惑しているんだろうね。赤鳥に至っては分かりやすく「新島君、可愛い」とか言っているけど。


「我が城の兵士長が不躾な態度を取って申し訳ありません」

「い、いや、いいんだ。俺の力を知らないから面白くないだの言えるわけだからな。戦って見せつければいいだけの事さ」

「勇者様……さすがです」


 まーた、イチャついているよ。

 あんな姿を見ても尚、そんな呑気なことが言えるのか。恋は盲目とはよく聞くけど本当らしい。俺の目に映る新島君は爽やかイケメンからイケメン噛ませ犬君にグレードダウンしたというのに。それだけイケメンというのは生きていくのに都合が良いみたいだ。


 とりあえずは何も言わず考えず。

 その場の空気に合わせておこう。後ろの伊藤さんが俺に近付いていたから、そっちに意識を向けて見たくないものは見ないでおく。臭いものには蓋をしろ理論だ、知らんけど。多分、使い方は間違っているかな。


「では、グランも話していた通り皆様には模擬戦をして頂きます」


 おうおう、すごい歓声だ。

 男子のほとんどが『俺は強い』とばかりに息巻いている。ステータスで打ちのめされたはずなのに元気な事。その中に新島君がいるのも面白いけどね。本気でやってやるとか言っている当たり殺しにいく覚悟なのかもしれない。


「グランとの模擬戦はパーティで戦って頂くつもりです。皆様には武器を貸しますので思いっ切り戦ってください。もちろん、武器は本物です。グランには歯が丸まった切れない剣を渡しますが油断はしないように。下手をしたら……死にます」


 ……一気に静かになったな。

 まぁ、ここまで特に何も不自由がなく暮らせてきたわけだし、急に命の危機を知らされて驚いたって所だろう。模擬戦ごときでって言っている人とかもいるし。……模擬戦だからこそ、事故の一つや二つ起こってもおかしくはないんだけどな。


「大丈夫さ、そんな事よりも彼の命を心配した方がいいよ」

「……そうなるといいですね」


 メサリアの反応は良くない。

 珍しいな、新島君のカッコイイ言葉を聞いてキャーキャー言わないなんて。なんか女性の裏の顔を覗いたような気分だよ。本当は新島君に好意があるわけでもないのに立場上、無理やり好きになるために動いているように思えてしまう。伊藤さんも……ま、まさかね……。振り向いてみたら笑ってくれた、こんなにも純粋そうな子が俺を騙そうとするなんて。


 と、無さそうな事を考えてみる。

 メサリアの本性が酷いのは分かっていたことだ。勇者の枷となり王国の下僕とするためだけに動かされる傀儡。そんな生きている心地がするか分からない人と伊藤さんを比べるのは失礼過ぎる。伊藤さんは傀儡でも何でもない、自己を持った人間だ。騙されていたとしても俺を頼ってくれる間だけは味方でいるつもり。敵に回ったら……その時は仕方が無いかな。笑い返して気持ちを落ち着けておく。


 着々と進む準備をボーッと眺める。

 何をしているかなんて興味はない。どうせ、メサリアが新島の機嫌を取ったり、女性陣がチヤホヤしたり、男性陣がイライラしたりするだけだ。それを眺めた後で伊藤さんを見るだけで勝った気になるし最高だね。まぁ、当の伊藤さんはなんで笑っているのか分からなさそうに首を傾げているけど。控えめに言って可愛いな、この顔。スマホの充電さえあれば連写していたものを……本当に残念で仕方が無いよ。


「それでは模擬戦を開始します。まずは勇者様のパーティ対グランです。両者共に真ん中にお立ち下さい」


 胸を張って進む新島達。

 真ん中と言っていたが……アレかな。四方を兵士が囲んだ空間、そこを指しているんだろう。戦うにしては狭いような気がするけど何か考えでもあるのかな。もしくは……グランの力を見せつけるためだけの機会の可能性もある。新島君はそのための噛ませ犬、何故だろうか悪い気がしないね。是非ともフルボッコにされて欲しいものだ。


「では、勇者様方には武器を配らせて頂きます。ステータスに合わせた武器です。まずはコチラを使ってから自分に合いそうな武器を後に考えてください」


 新島君は……まぁ、剣だよな。

 赤鳥は槍だ。背丈が百六十程度だったはずだけど、それよりも長い槍。初心者に使わせるにしてはかなり扱いづらい武器だろう。そういうのは王国からしたら関係がないらしい。自工は古臭そうなステッキで、井橋は俺と同じく二つの短剣のようだ。キャーゼンインツヨソウー。


 対して……へぇ……。

 グランは大剣のようだ。その刃の長さは間違いなく室内戦闘に合わないだろうに。でも、自分の使い易いであろう武器を選んでくる当たり武人らしさを感じるよ。どんな風に戦うのかがすごく楽しみだ。兵士の指示に従って伊藤さんと一緒に少しだけ離れる。


「両者、準備はよろしいですね。それでは模擬戦開始です」


 メサリアの声と共に白い壁が出来る。

 薄透明で先が見える壁……多分だけど結界とかそこら辺だろう。これなら中も見れるし外側の人への被害も少なくて良いね。気を抜いて見ていられる。


「勇者の力、見せてやる!」

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