恋愛を数学的に考えてみる

一帆

第1話

「なんだ、お前ら。出来デキ沢渡サワタリ以外数学の課題をやってこなかったのか?」


 呆れたように、教壇に立つ山ピーこと山之上先生が言った。


「えー、だって、提出しなくてもいいっていったじゃん」

「量がハンパなかったじゃん。終わらねー」


 クラスのみんなが口々に言う。


「高校生だろ? 『提出しなきゃいけないから課題をする』という態度でいるのは、問題だぞ? だいたい、一日で数学ができるようになれると思うな」

「えー。俺ら、ちゃちゃっと出来るようになりたい」


 椅子の半分の足を浮かせて、ゆらゆらさせながら後ろの席の葉山ハヤマ君が言う。クラスのみんなもうんうんと頷いている。


「あほなことをいうな。数学はセンスだ。直観だ。『ここに補助線をひく』、『この文字列を組み合わせる』、そういったことは、直観力を磨かなくては、ひらめかない。数学の問題と言うのはな、これまでの自分の経験を使って論理的に攻める。そのためには、毎日コツコツと真摯に問題に向き合わねばならん!!」


 珍しく山ピーが声を荒げた。


 ―― そんなこと言ったってさぁ。


 確かに、コータローに聞くと、「このあたりに線をひく」と言いながらを教えてくれる。あいつの愛読書は、大〇への数学だ。なにが面白くて、数学を解いているのかさっぱりわからない。コータローに聞くと、「答えがあるから」と言うんだよなぁ。ますます、わからない。


「でもさ、だいたい、証明とかめんどーじゃん。役立たねーし」

「葉山、『証明』というのはな、自分の考えた過程を言葉や数、式を使って、筋道を立てて論理的に説明することなんだぞ?」

「はぁ? 何言っているかイミフだし」


 葉山君は、両手を広げて、理解できませーんという態度をとる。


「例えば、お前が加藤に『加藤が好きだ』という理由を論理的に説明すれば、それはもう『証明』だ」


 葉山君が顔を赤くして、「ばっかじゃねーの」とつぶやき、みんなが笑った。ちなみに加藤さんはとなりのクラスにいる葉山君の彼女だ。

 でも、『好き』という想いを論理的に説明するというのはどういうことだろう?『好き』と言う想いは、論理的なものではなくて、直感じゃないのかな?

 私は自分の中の『好き』という想いを説明できなくて、いつももやもやしているともの。


「でも、先生、葉山君の『加藤さんが好き』というのは、数学とは関係ないんちゃう?」


 一番前に座っていた緑川さんが私の疑問を代弁してくれた。


「緑川、証明にはなにがあるか知っているか?」

「数学的ぃ帰納法とかぁ?」

「お前、数学的帰納法っていうのはどういうものか知っているか?」

「えー。よくわかんないしぃ」


 緑川さんが縦にカールした髪をいじりながら舌ったらずな口調で答える。


「じゃあ、『葉山は加藤が好き』というのを例にしてみよう。まず最初に、昨日、葉山は加藤が好きだった。葉山、これはあっているか?」

「……あぁ……」

「理由は?」

「……胸……」


 クラスがどっとわく。女子たちが「葉山君ってやらしいぃ」と口々に言う。


「お前、それを理由にするのは加藤に怒られるぞ。他の理由の方がいい」

「……一緒にいて楽しい とか?」

「まあまあ、……及第点をやろう。じゃあ、今日、葉山は加藤が好き。この理由も一緒にいて楽しいから。これはあっているか?」

「……あぁ…」


 葉山君が、耳まで赤くしながら頷いた。


「だから、葉山は加藤が好きという結論になる。まあ、葉山の理由がいまいちだが、『葉山は加藤が好き』と言う命題を証明出来ただろ?」


 「ふーん」とか「なるほど」という感心した声があがる。数学的帰納法と言葉がもつ堅苦しさが柔らかいものになっていくような気がする。私も、私の想いを数学的帰納法で証明することができるのかなぁ。

 私は自分の中で、『コータローが好き』という命題を証明しようと考える。昨日はコータローが好きだったか? 答えはYESだ。

 理由を考えようとした時、”ガタリ”と大きな音を立てて、クラス委員の沢渡さんが席を立った。自分の気持ちにむいていた意識が沢渡さんにうつる。


「先生!! 今やってる微積はどう考えればいいんですか?」


 真面目な性格だから、葉山君を使った『証明』の説明が気に入らなかったのだろうな。クラスの雰囲気がちょっとだけ白ける。


「お前はどう思っている?」

「え? 微分は次数をさげる、積分はその逆です」

「違うな」


 山ピーが格好つけて、ちっちっちと右の人差し指を左右にふった。


「微分は『変化の割合』で、積分は『積み重ね』だ。だからな、問題文を読み解いて、正確に図に書くことが必要だ。これは微積にかかわらずどの問題でも必要なことだがな」

「へぇ~。でも、オレ、いつも、問題の意味さえがわかんなねぇ……」


 後ろの方から声があがった。バスケ部の戸塚君だ。いつもは授業中寝てばかりいるのに、こんな時は参加するんだとちょっとだけ驚く。質問した沢渡さんは、眉を顰めて立ち尽くしている。

 

「だから、毎日コツコツと問題を解けと言っているんだ。お前だって、シュート練を毎日欠かさずするだろう? 何度も何度も練習することでお前の中の直観を育てている。数学もそれと一緒だ。毎日こつこつと問題を解け」

「えー、でも面白くないし……」


 クラスのみんなも頷く。

 微積なんて計算ばっかで面倒なだけだ。コータローが嬉々として解いているのが理解できない。でも、解けた時ににまぁと眉をさげるコータローの顔を見るのは好きだ。私まで嬉しくなってくる。これが『コータローが好き』という命題の理由かな?


「お前なぁ……。微積が出来れば、お前のシュート率だってあがるぞ?」

「へ? 何で?」


 戸塚君が急に前のめりになる。高校最後の大会を控えている彼にとっては看破できない言葉だ。


「シュートも円運動だ。数式を使って、自分がボールを離す位置、タイミング、力加減を計算することができる」

「えー、それ、教えて欲しい」

「自分で考えてこそ結果が出るものだ」


 にししと含み笑いをしながら山ピーが言うと、戸塚君はがっくりと肩を落して椅子に座りなおした。


「まあ、微積といえば苦手な奴が多いのも事実だ。だがな、『変化の割合』や『積み重ね』は日常どこにでもある。例えば、さっきの葉山の恋愛だが、相手を思う気持ちには『変化の割合』が付きまとうし、相手への信頼は日々の『積み重ね』だ。まあ、ぐだぐだ言ったが、お前たちが向き合っている高校数学は答えがある。直観を鍛えるには最適な教材だ。だからな、ちゃんと課題をして自主的に提出しろ。わかったな!」


 そう言って、山ピーは颯爽と教室を出て行った。



 



「てなことが今日あったんだ。聞いてる? コータロー」


 私は、大〇への数学に目を近づけて図を眺めているコータローに声をかけた。もちろん、自分の考えていたことは黙って、葉山君と戸塚君の話だけだ。


「ふーん。その先生、いいことゆうじゃん。じゃあ、おれからも一つ問題。お前、この式のグラフ書けるか? 」


 コータローが肩が触れるくらい近くに座りなおすと、私のノートに


 (X^2 + Y^2 ー1)^3=X^2Y^3


 という式を書いた。コータローとの距離が近すぎてどきまきする。せっかく考えてきた『コータローが好き』の証明を披露することが出来そうもない。私は、目の前にあるオレンジ―ジュースに口をつけて、何事もない顔をする。


「なにそれ?」

「ふふん。書けたらわかるさ」


 コータローはそう言うと、また、自分の席に戻って、大〇への数学を眺めて始めた。


                          おしまい





補足:(X^2 + Y^2 ー1)^3=X^2Y^3はグラフにするとハート形になると思います。コータローはメンドクサイ。

 

 



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恋愛を数学的に考えてみる 一帆 @kazuho21

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