第11話 牢の中の人間の優しさ
留置場で同じ部屋になったのは、シャブ(覚醒剤の事)の売人で自らもシャブ漬けの
博さんはシャブが抜けきらなくてまともに会話が出来ないし、ケトゥンさんは日本語がほとんど喋れないので、必然、私は克夫さんとコミュニケーションを取る機会が多くなった。
克夫さんは、すでに刑務所経験があるらしく、メシが美味いから
狭い部屋に閉じ込められて、いつ出られるのかも分からない。
生まれて初めて牢屋に閉じ込められて、いつまで続くかも分からない留置場の生活になんとも言えない恐怖を感じている私とは対照的に、克夫さんはいつも明るく元気なのである。
留置場の生活は本当に地獄の時間であった。
何もしないという事が、これ程の地獄だとは知らなかった。
何もしない事が苦にならない人間もいるのであろうが、少なくとも、私は何もしないでいる事に耐えられる人種ではない様である。
『おい、
克夫さんが、人当たりの良い笑顔を浮かべて優しい口調で話しかけてくる。
『私は、留置場の中で明るく元気に笑っていられる克夫さんの様に、強い人間ではないんです』
『別に、俺は強い人間なんかじゃないよ。俺は弱い。弱いからさ、明るく元気に笑って生きてるんだよ』
克夫さんの笑顔は、今までの人生で見てきたどんな人間の笑顔よりも優しくて、温かかった。
『
私は、何とか笑顔を作ってみる。
心なしか、少しだけ心が軽くなった様な気がした。
『どうして克夫さんは私を励ましてくれるんですか?』
どんな罪を犯したのか、詳しい事は知らないが、克夫さんは10年以上の実刑判決を受ける事になるらしい。
どんなに重くても、4年ほどの懲役刑で済む私に比べて明らかに辛く苦しい状況であるはずなのに、克夫さんは私を心配し、元気付けてくれるのである。
『誰かが暗い顔をしてたら励ますのは当然だろう?お前はまるで人生もうお仕舞だっていう様な顔をしてるからさ、放っておけないんだよ』
どうしてこんなにも
私は自分の事を考えるので精一杯なのに。
不安で不安で堪らなくって、人の事を
克夫さんはいつだって自分の事は
彼は犯罪者だ。
法を破って、誰かを傷つけたから、こうして留置場に入れられて、10年以上の実刑判決を受ける事になったのだ。
私は、今まで犯罪者というものは、人の心を持たない怪物なのだと思っていた。
しかし、今、私の目の前にいる犯罪者は、今まで私が出会ってきたどんな人間よりも優しい心を持っている。
自分ばかり優先する、娑婆の無情な人々よりも、牢の中の人間の方がよっぽど優しい心を持っている。
数日後。
『じゃあな、司。辛い事も多いと思うけど、頑張れよ。人生悪い事ばっかりじゃない。笑って生きていたら、きっとまた、お前の人生も上向くよ』
相変わらずの人当たりの良い笑顔を浮かべたまま、克夫さんは拘置所へと移送されていった。
────
あの日から、もう半年が経ったのかと思うと、時間の流れの速さに愕然とする。
克夫さんは元気だろうか?
いや、克夫さんは元気に決まっているか。
私は、留置場であの人に出会わなければ、きっと人生を諦めてしまっていた事であろう。
牢の中に入って、改めて、私は人との繋がりに生かされているのだという事を知った。
どんなに最悪の状況でも、笑っていれば、きっと人生は上向く。
私は今日も、牢の中で、上を向いて、明るく元気に生きている。
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