凡人
@ungo
凡人
*物語の一部分です。
「お前と付き合えて幸せやった」
俺はそんな月並みなセリフを言い、立ち去ろうとする。
「待ってよ!じゃあなんで別れるの?」
彼女が俺の腕を掴んで振り返らせ、真っ直ぐに目を合わせてくる。
「幸せじゃあかんねん」
俺は思わず目を逸らし、言葉を続ける。
「俺は、文章を書く人間として、それを認められることでしか心の底から幸せにはなれへんねん。今はまだまだ未熟で、誰にも目も向けられへん。その渇きが、俺を動かしてくれんねん。」
窓の外の闇がいっそう濃くなっている。
「なのに俺は、お前と過ごすようになって、お前とメシを食うだけで幸せやって感じてしまうねん。幸せやって、感じれば感じるほど、俺は書けへんくなってしまうねん。
一緒に過ごして、俺が好きな本とか、俺が勉強したこととか、そういうのをひけらかす度にお前は褒めてくれる。俺はまだなんも成し遂げてないのに、何かを成した気になってしまう。お前に甘えて悦に入って、些細な欲求を満たしていくことで、俺はちょっとずつ死んでるねん。それに気づく度に死んでしまいたくなるねん。
おかしいよな。幸せになるために書こうとしてんのに、そのために幸せを切り捨てなあかんとか」
彼女は何も言わずに僕の腕を握ったまま俺を見ている。
「世間に認められたってそこには幸せなんかないかも知れへんのにな。でも、それが俺の進んでいかなあかん道やねん」
「でも、私と過ごしてて幸せなんでしょ?このまま努力しようよ私が支えるから」
彼女の目を見て、話す。
「幸せやで。でも、それじゃあかんねん。それじゃ、俺は止まったまますすめへんねん」
俺は眉間に皺を寄せ、彼女を見つめる。彼女の視線から逃げないように、彼女の感情から逃げないように。
彼女は俺の目を見つめながら、俺の本気の気持ちを察したのか、腕を離した。
「ごめん。ほんまにごめん。ほんまにありがとう」
泣き出しそうな彼女をそのままに、部屋を出てマンションのエレベーターに乗り込む。呼吸が浅くなり、息が乱れた。そこで、自分が泣いているのだと気づいた。両目から涙を流した僕は、そのままマンションを出て、大通りまで早足で歩いた。悲しすぎて、彼女が可哀想で、嗚咽が漏れそうだった。
でも、これでいい。これが最善だったはずだ。そう思っているはずなのに、涙は止まらなかった。
凡人 @ungo
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