第62話

 月天が白桜たちと対峙している頃、東の神社では双子と蒼紫が激しい戦闘を繰り広げていた。


前鬼と後鬼はその腕や足に深い傷を負い、双子の召喚した妖の方も腕や足にいくつも呪詛がかけられている。


お互い使役する式が受けた傷が自身にも跳ね返ってきており蒼紫も双子も満身創痍だ。


「いい加減諦めてくれないかな?妖力を削がれたあんたじゃ僕らには敵わないと思うけど?」


蒼紫はぐっと奥歯を噛み締め双子の挙動を伺う。


お互いに次に撃つ一手でこの勝敗が決まるだろうと分かっているようでなかなか動きを見せない。


極夜が痺れを切らして使役している妖を動かそうとするが、蒼紫の様子に変化が起きたことに気づく。


(蒼紫、すぐに眷属の者を引かせよ。今回はここまでだ)


蒼紫の頭に直接白桜の声が響く。


(白桜様、紫苑様がまだ……)


(分かっている。これ以上長居するのは得策とは言えぬ、分かったらすぐに曼珠の園を出て屋敷に戻れ)


(御意)


ほんの一瞬であったが蒼紫が白桜からの思念で集中を切らしたのを見て白夜はすぐに神社の祠を背にして庇うように立つ。


「残念ですが、今日はここまでのようです。次回会った時はこの借りはしっかり返させていただきますのでそのおつもりで……」


蒼紫はそういうと前鬼と後鬼を消し、自身もその身を闇に溶け込ませて消えていった。


極夜と白夜は蒼紫の気配が完全に園の中から消えたのを確認し神社の祠の前に立つ。


「小雪花魁、そこにいるのだろう?」


白夜が抑揚のない冷淡な声て問いかけると少し間をあけて声がかえってくる。


「術具屋の楓を呼んできてはくれないかい?観月を封じた巻物の様子が変なんだ」


どこか少し焦ったような声で返事をしてきた小雪を訝しみ極夜は祠の扉を勢いよく開け放つ。


扉を開けて目に入ったのは小雪が自分の目の前に巻物を広げている姿だったが、異様なのはその白紙の巻物の中心から眩い光が溢れ出していることだ。


一目見て只事ではないと判断した白夜はすぐに思念を使い月天にこのことを伝える。


どんなに急いでここに駆けつけたとしても後数分はかかるだろう。


「この巻物の中に紫苑様は封じられているのですか?」


白夜がと月天が来るまでの間に少しでも情報を集めておこうと小雪になぜこうなったのか詳細を問いただす。


小雪から大体の事情は聞き、白夜と極夜は渋い表情を浮かべる。


「これは多分、雪中桜花図でしょう。実際に存在するとは思いませんでしたが、これに封じられているとなると白桜様の力を借りなければ紫苑様を外に出すのは難しいでしょう」


「雪中桜花図ってこの巻物は見ての通り白紙で何も書かれちゃいないよ?」


小雪が白夜の言うことが理解できずに手にしている巻物を指さす。


「外から見ればただの白紙の巻物ですが、その巻物の中は四方が雪の中に埋もれたようなただただ白い空間が広がっていると言います。そしてその巻物の中から出るには中に取り込まれた人物が雪に埋もれる桜の木を見つけるか、鬼の一族の秘技を使って巻物の封を解くかしか方法はありません」


「だからあんなにもあっさり手を引いたってわけか」


極夜が不自然にもあっさりと尻尾を巻いて逃げた蒼紫のことを思い出して舌打ちする。


「しかし、なぜ巻物が光っているのでしょう……紫苑様はまだ人の身、自力で封を解いて出てこれるとは思えませんが……」


白夜と極夜が神妙な面持ちで話し合っていると、再び巻物が強く光だす。


◇◇◇


 いつものように母から譲り受けた守刀を手に握りしめて強く願っていると、いつの間にか手に握った守刀に熱が宿るのを感じる。


慌てて握った守刀を見ると今までは無垢の白木だった守刀の外装に薄っすら緋色の模様が浮かび上がってくる。


その模様は流水に桜の花が散りばめられたもので紫苑の背中に刻まれている呪印と同じものだ。


守刀に模様がくっきりと浮かび上がると、今までは鈍くくすんでいた刀身が磨きたての鏡のように鋭く変わっていた。


紫苑はもしかしたらこの守刀でこの奇妙な空間を切り裂くことができればここから出られるのではないかと思い、力を込めて自分の足元に刃を突き刺す。


思った通り、守刀の刃はこの不思議な空間を割くことができるらしく刺した場所からほのかだが桜の香りが漂ってくる。


何度が刃を力一杯刺していると手元が狂い左の手を少しばかり切ってしまう。


紫苑の手から血が滴り、その一滴が足元に落ちるとその瞬間どこまでもただ白いだけだった景色が一変し地面が雪崩のように波打つ。


紫苑が慌てて切り込みを入れた地面に手をかけて放り出されないようにしがみついていると、桜の香りが強くなってきてひどい頭痛が起きる。


(こんな時に頭痛だなんて……)


紫苑があまりの痛さに瞳を閉じると不思議なことに脳裏に走馬灯のような景色が浮かんでくる。


脳裏に浮かんだ景色は紫苑の幼い日の記憶で、鬼の屋敷で母と二人桜花殿で過ごした日々のものだった。


「……っく……うぅ……」


溢れ出した記憶の断片が紫苑の身体を支配する。


ひどく痛む頭を抱え朦朧とする意識の中、紫苑は不思議とここから出るにはどうするべきなのかはっきりと理解していた。


迷うことなく守刀の刀身で手のひらを切りそのまま手をぐっと握る。


握った手から紫苑の血がぽたぽたと滴り落ちて地面に広がると一面真っ白だった空間は歪みあたりを眩い光が包み込んだ。


◇◇◇


 小雪と双子が急に光出した巻物を警戒しつつも眺めていると先ほどよりも強い光が発せられたと同時に巻物が開かれていた場所にどさりと音を立てて白髪の妖が一匹倒れ込む。


巻物はその妖を吐き出すとしゅるしゅると音を立てて再び紐で閉じられる。


小雪が恐る恐る床に倒れ込んでいる妖に手を伸ばそうとするが極夜の声で止められる。


「白桜様と似た妖気を纏っている、迂闊に触れない方がいい」


「そうですね、今は意識がないようですが紫苑様とは限りませんので注意をするに越したことはないでしょう」


 白夜と極夜は目の前に倒れ込んでいる者が何者か分からないうちは迂闊に起こさない方がいいというが、以前一度紫苑の中に封じられている鬼の気配を見たことがある小雪は今目の前に倒れているのは間違いなく紫苑であると直感で感じていた。


双子の静止を聞かずに小雪は倒れて動かない妖の身体を抱えて表を向ける。


うつ伏せに倒れていたせいで分からなかったが、顔を見てみるととても整った顔立ちで鬼の当主である白桜にどこか面影が重なる。


額と頭からは白く透き通るような美しい角が三本生えておりこの少女が鬼であることを確定づける。


「うぅん……」


鬼の少女が小さな声を出してゆっくりと瞳を開くと、その瞳は白桜とは違い淡い桜を思わせるような美しい色をしていた。



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