第61話

 「またここでこうして対峙するとは……あなた達双子とは縁があるようですね」


先ほどまで明るく曼珠の園を照らしていた満月に雲がかかり始め、あたりに闇が広がる。


「お前との縁など不要。大人しく紫苑様を返せば生きて園から出られるやもしれんぞ?」


交戦的な表情を浮かべた白夜はすぐにでも術が使えるように片手に札を握っている。


「やれやれ、元々紫苑様は鬼の一族の姫。元いた場所に帰るだけだというのになぜ貴方方は邪魔をしようとするのか理解に苦しみますね」


蒼紫はやれやれというように片手で頭を抱えるふりをする。


白夜と極夜が蒼紫の言動に意識を逸らされていると、いつの間に術を使ったのか二人の足元の地面が割れたかと思うと大きな口が開かれ双子を一飲みにしようとする。


「極夜!」


双子はすぐにその場を跳躍すると二人同時に印を結ぶ。


双子は蒼紫を挟むようにして降り立つと素早く蒼紫の足元めがけ札を飛ばした。


札は地面に触れると一瞬目が眩むほどの光を放ち、あたりに菖蒲の香りが立ち込める。


蒼紫は双子の術によってあたりに広がり始めた菖蒲の香りを嗅いで思わず後退り袖で鼻を覆う。


「あんたら鬼は本当にこれが嫌いだよね」


極夜の手には菖蒲の葉が握られており、後ずさる蒼紫の姿を楽しそうな表情で見ている。


「くッ……本当に妖狐は性格が悪い……」


蒼紫はそういうと木でできた人形ひとがたを取り出し式を呼び出す。


「前鬼、後鬼!双子を殺せ」


大きな異形の姿をした赤鬼と青鬼はその手にもつ邪悪な棍棒を双子目がけ振り下ろす。


極夜は菖蒲の葉に妖力を纏わせて前鬼と後鬼の目に投げるがても持つ棍棒で遮られる。


「白夜!このままじゃ埒があかない!」


白夜は極夜の提案に頷くと素早く三枚の札を取り出しそれに血を湿らせる。


極夜は何とか前鬼と後鬼の攻撃をかわし白夜の隣に立つと自分の血を白夜の持つ札にかけ、お互いの手を使い複雑な印を結ぶ。


それを見た蒼紫は信じられないとでも言いたげな表情を浮かべると前鬼と後鬼に急いで双子を襲わせる。


前鬼と後鬼が双子を殴り飛ばすよりも先に双子の前に一匹の背の高い妖が現れる。


『ここにいる鬼どもを滅せよ』


双子が命令するとその妖は前鬼と後鬼と交戦し始めた。


◇◇◇


 白夜達が蒼紫と交戦している時、月天は琥珀と白桜を相手に協定を結ぶため苛立つ心を制し座敷に座っていた。


「では以上をもって鬼の一族と妖狐の一族の間に協定を結ぶこととします。最後に両当主の捺印と署名をここに」


長い巻物には今回結ばれる協定の詳しい内容や決まり事が記されている。妖狐の里にとってはどれもいい条件のものでこれが結ばれれば曼珠の園もより活気付くだろう。


白桜がさらさらと筆を滑らせ署名と捺印を済ませる。


次は月天の手元に巻物が渡され、月天は筆をとる。


「失礼します、大門付近で餓鬼が群れになって暴れていると報告が上がっております。また東の神社の方で何者かが交戦しているようです。いかがいたしましょう?」


月天は持った筆を再び置くと今の報告を聞いても眉一つ動かさない白桜を睨め付ける。


「これは一体どういうことだ?これから協定を結ぼうとする相手の領域で眷属のものを暴れさせるなど」


「さて、私は知らぬ。どこかの阿呆が羽目を外して暴れまわっているのでは?」


「鬼門の方位でもない大門付近に餓鬼が群れで現れるとは面妖なことだ……ではこちらで対処しても構わないな?」


「あぁ、構わない」


「では大門付近の二区画を丸ごと我が箱庭に収めてしまおう」


月天が術を使おうとすると白桜がそれを止める。


「餓鬼を滅そうと構わん。しかしあのあたり一帯を術中に収めることは承諾しかねる。園の中には多くの一般客がいるのだぞ?」


「そうだよ月天、いくらなんでもそれは横暴じゃない?」


「……忘れてはいないか?ここは私が収める曼珠の園、ここでは私が絶対であり神なのだ。罪のない妖達がいくら犠牲になろうとも私の知ったことではない。なんなら今、園の中にいる全ての者を残らず箱庭に収めても良いのだぞ?」


流石の白桜もその顔に忌々しそうな表情を浮かべ月天を見返す。


月天の持つ神技じんぎの一つに箱庭というものがある。

その名の通り小さな箱庭のような空間を作り出すものだが、その用途は実に様々だ。


実際にある空間を丸ごとその箱庭に収めることもできれば、現実世界とそっくりな箱庭を作り出して巧妙に入れ替えることもできる。


一度箱庭の中に閉じ込められれば、何人たりとも月天の許可なく外の世界に出ることは叶わない。


白桜と月天の無言の睨み合いが続くと琥珀がその場の雰囲気に耐えきれず間に入る。


「あー、もう。白桜は自分の眷属のもの達を引かせて、月天は白桜の指示に従わなかった妖達を術中に収める。これで良くない?」


「ここで貴様が剣を納めねば今後は一切鬼の一族との交流は遮断しこの曼珠の園自体も我が箱庭の中に隠す。私は構わないがそちらは困ることもあるのでは?」


白桜は眉間に皺を寄せ瞳を細めるとそのまま一度目を瞑り、再び瞳を開けると月天の条件をのむことに同意した。


「では決まりだ。薄汚い溝鼠のようにこそこそと動き回っている手下を失いたくなければすぐに引き上げさせることだな」


心の中では今すぐにでも月天の首を刎ねてやりたいと思っているであろう白桜を嘲笑すると手を組み白桜が眷属のもの達を引かせるのを待つ。


「どうした?眷属を引かせねば私は協定に署名はしないぞ」


白桜はすっかり元の無表情に戻ると静かに両手に印を結び眷属の者たちの意識に入り込む。


しばらくの間沈黙が流れると白桜が印を解いたのを確認し、琥珀が月天に話しかける。


「白桜の方は済んだみたいだけど、月天の方は?」


「気配の感じからして鬼の眷属のもの達は大人しくなったようだな。念のため確認させてもらう」


月天はそういうと神通力を解放して千里眼を使い曼珠の園の中を見渡す。


(紫苑が東の神社の付近にいるはず……)


月天が的を絞って戦闘の痕跡が残る東の神社付近を見ていると神社の祠の中に身を潜めている小雪の姿が見えた。


神社の前には無数の傷を負った白夜と極夜がおり、丁度祠に隠れている小雪のもとへ行く途中のようだった。


月天は小雪の近くから紫苑の僅かだが気配が漂うのを確認し千里眼を閉じる。


「どうやら私が始末せねばならぬような者はもういないようだ。では、署名しよう」


月天は満足そな笑みを浮かべ巻物に捺印と署名をする。


「これで鬼の一族と妖狐の一族の間に協定が結ばれました。今後ともお互い手を取り合い上ノ国の維持と下の里の発展に尽力ください」


琥珀は二つの巻物を受け取ると署名と捺印を確認し会の終わりを告げた。


月天は会が終わると同時にすぐに席を立ち部屋から出て行こうとする。


「ちょっと!俺らがまだ居るのにその態度は良くないんじゃないの?」


琥珀は先ほどから礼に欠いた行動する月天に一言文句でも言ってやろうと呼び止めるが、逆に月天に痛いところをつかれる。


「裏でこそこそと動き回るような輩に礼を尽くす必要はないだろう?どうせお前のことだ、そのよく聞こえる耳とよく見える目を持って先ほどのことも承知していたのだろう?」


琥珀は白桜たちの計画を知りつつも月天に黙っていたことを暗に言われなんとも気まずそうな表情をする。


「まあ良い、肝心なモノは私の手中に納まったのだからな。……あぁ、それと白桜。せめてもの情けだ紫苑にはお前は元気だったと伝えてやろう。もう二度と会うこともないだろうからな」


月天は琥珀と白桜を座敷に残しそのまま部屋を出て行った。

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