第40話
小雪達の後を追って来た道を戻るとちょうど甘味屋の前で紫苑が来るのを待っていた。
「観月姉さん、急にいなくなりんすから心配しんした!」
「ごめんね、夢幻楼の前に誰かいたようだったから気になって」
「誰かって、どんな妖がいたでありんすか?」
「白銀の長い髪に七つの尾を持った妖だったけど……ほんの一瞬しか見えなかったから詳しくは分からなくて」
紫苑の言葉を聞き小雪が怪訝な表情を浮かべる。
「白銀の髪に七つの尾って、そりゃあ妖狐の御当主様じゃないか。この幽世で七尾の妖狐は現当主様以外いないからね」
「え!?けど一人で立ってましたよ?」
「お前の見間違いじゃないかい?俄を前にしてきっと神経質になってるんだよ。本当に御当主様だったら今頃お前はここにいなかっただろうよ」
小雪は紫苑を脅かすようにそういうがすぐに凛と紅にそれより早く甘味屋に入ろうと袖を引かれて見世に入っていく。
慌てて紫苑も見世に入ると、見世の奥にある席に見たことのある妖が座っていた。
「やぁ!久しぶりだね」
そういって紫苑達の方へ来たのは術具屋の楓だ。
小雪はほんの少し嫌そうな表情をしたがすぐに作り笑いを浮かべて楓に挨拶を返す。
「その節は大変お世話になりんした、おかげで観月もこの通り元気になりんした」
「いやいや、力になれたなら何より。それより小雪花魁が外に出ているなんて珍しいね」
楓がそういうと凛が小雪と楓の間に割って入り小雪の代わりに応える。
「今日は俄の下見に出ていただけでありんす。少しここで休んだらすぐに見世に戻りんすのでお気遣いなく」
凛が珍しく敵をむき出しにしてそういうと楓は苦笑いを浮かべる。
「どうやら凛ちゃんには嫌われてしまったようだね」
「まぁ、そういうことでありんすからわっちらはここで失礼しんす」
小雪がそういうと楓はせっかくここで会ったのも何かの縁だから一杯だけお茶に付き合っておくれと珍しく自分から誘ってくる。
「ぬしからそんなことを言うなんて珍しいこともありんすね。前回のこともありんす、一杯だけ付き合いんしょう」
小雪がそう返すと楓はすぐに近くの空いている席に小雪達を案内して5人分の飲み物を頼む。
「付き合ってくれたお礼にここは私が持つよ、好きなものを頼んでいいよ」
楓がそういうとさっきまで膨れっ面をしていた凛が瞳を輝かせてお品書きを覗き込む。
そんな凛の様子を眺めて楓は優しい笑みを浮かべて様子を見守っている。
「楓さんは一人でいらしたんですか?」
紫苑が楓に話しかけると楓はいつも通り柔かな表情を浮かべてこたえてくれる。
「そうなんだよ、たまには息抜きに散歩でもしようと思ってふらふらしていたらなんだか甘いものが食べたくなってね」
「楓さんが甘いものが好きだったなんてなんだか意外です」
「そうかい?実際、甘いものは好きではないからね」
「え?でも甘いものを食べたくなったって……」
「好きか嫌いかは関係ないのさ、その時そうしたいと思ったから行動に移しただけ」
紫苑が楓の言葉に意味がわからず混乱していると隣りに座った小雪が小さい声で紫苑にいう。
「楓のことはあまり真に受けない方がいいよ、いちいち付き合っていたらこっちの身がもたないからね」
どうやら楓はこの曼珠の園の中でも相当な変わり者らしい……。
紫苑との会話を終えると楓は再び凛の方を見て凛の様子を観察している。
店員がやってきて人数分の飲み物を置くと注文を取って席を後にする。
小雪を誘っておいて小雪と大した話をすることなく凛の様子ばかり観察している楓を見て紫苑は思わず楓に質問してしまう。
「楓さんはさっきから凛のことばかり気にしていますがどうしてですか?」
紫苑がそういうと楓は嬉しそうな表情をして紫苑の方を向きこたえてくれる。
「いやぁ、久々に藤の精の子を見たものでね!ここまで綺麗に容姿に特徴が出ている子はここ数百年見たことがない!」
紫苑の質問がきっかけになり楓は聞いてもいない精霊の話を延々と始める。
その様子を見て小雪と紅はまた始まったとばかりに呆れた表情をして自分の前にある飲み物を飲む。
「観月姉さん、楓様はククノチでありんすから同じ精霊をみると同族意識からかやたらと絡んでくるでありんす」
思い出してみると確かに初めて会ったときにそんなことを言っていた気がすると紫苑は目の前のでれでれとした顔で凛を眺める楓を見やる。
ちょうど楓が話を終えて息をつくと店員がお盆に乗せて甘味を運んできてくれた。
それぞれの目の前に運ばれると、凛と紅は楓にお礼を言って早速食べ始める。
幻灯楼の座敷でも上客が来るときは色々な甘味などをお土産に持って来てくれたりもするが、やはりこうして外で食べる甘味は一味違うらしく凛と紅は嬉しそうに食べている。
「そういえば、鬼の御当主様が俄の開催中に曼珠の園の中の案内を幻灯楼に頼んだって聞いたけど本当かい?」
「なんだいそりゃあ、わっちは何も聞いてないけどねぇ……」
「昨日来た上ノ国のお客さんに聞いたから本当だと思うよ、見世に帰ったら確認しておくといい。そうは言っても小雪花魁達は俄の初日は夢幻楼に登楼しているし、二日目も本祭の準備やらで忙しいだろうから楼主あたりが対応するんじゃないかい?」
「はぁ〜そうだといいけどねぇ……」
◇◇◇
久々に外の甘味屋でお腹いっぱい食べた凛と紅は満足そうで見世を出てからもしっかり楓にお礼をしていた。
紫苑も楓に別れ際にもう一度礼をいう。
「初めての登楼で緊張するだろうけど、妖狐の御当主も根は良い妖だから……がんばってね」
楓はそういうと紫苑達と別れて裏路地の方へと消えていった。
「さて、わっちらも見世に戻って残ってる準備を済ませちまおうかね」
小雪がそういうと凛と紅は見世まで競走する!と言い出し二人で走り出す。
小雪はそんな凛と紅の後ろ姿を優しい眼差しで眺めている。
「このまま平穏な日々が続けば良いのにね……」
小雪の口から溢れた言葉に紫苑は思わず小雪の方を見る。
「あの子達を見ていると時々そんな事を思っちまうよ。わっちらは売られてきた身、いつかは誰かに落籍される時がくる。いつまでもこのままってわけにはいかないのにね」
「姉さん……」
「辛気臭い事言っちまって悪いね、忘れておくれ。それよりもわっちらも早く見世に戻らないと凛たちに怒られちまうね」
小雪はそういうと見世の方へと歩いていく。
紫苑は小雪のいった言葉が心の中に波紋を広げてじわじわと身を焼くような焦燥に駆られる。
(いつかはみんな離れてしまう……このまま居たいなんて我が儘なんだろうか……)
夕日に照られされる小雪達の姿を遠目に眺めつつ紫苑は自分が本当は何を望んでいるのか気づかないふりをして見世に戻る道を歩く。
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