第39話

 宗介が幻灯楼にやって来た翌日、幻灯楼の二階にある小雪の私室には俄で纏う予定の着物や帯、簪類といった物で溢れていた。


「姉さん!見てくんなまし !こなに上等な打掛は早々ありんせん」


凛と紅が二人で小雪が着る予定の着物を眺めて興奮しながら小雪や紫苑に話しかける。


「観月姉さんの着物も宗介様が選ばれただけあってとても素敵でありんす!小雪姉さんと並べばさぞかし映えると思うでありんす」


「本当、観月は運がいい。宗介様にここまでしてもらったのはこの曼珠の園の中でもあんただけだろうね」


紅の言葉に頷きながら小雪がそういうと凛と紅はわっちも宗介様のようなお方を見つけるでありんす、と何故かやる気を溢れさせている。


「姉さん、今日はこの後着物の最終確認をして実際に俄で歩く道を確認しに行くんですよね?」


紫苑がそういうと小雪は少し気だるそうに頷く。


「そうだったねぇ〜、今更道順を確認するなんて必要ないと思うけど、念のためね」


「道順は確か大門の前から仲の町を真っ直ぐ抜けてそのまま突き当たりにある夢幻楼に登楼するだけでしたよね?」


 俄で登楼する夢幻楼までは大門から仲の町を抜けて真っ直ぐ進めば着く、俄の開催期間中御当主様の術による道の組み替えも行われないので迷うことはないだろう。


「まあ、そうなんだけどね。花魁道中となると普通に歩くのとは訳が違うからね、足元の確認や距離感を確認しておくのは必要だって楼主がきかなくてね」


夢幻楼に上がる際は曙楼、月紗楼、幻灯楼の順で花魁道中で道を飾り大門から夢幻楼までの長い距離を重い着物を纏って練り歩くのだ。


「何でも昔に花魁道中の間に気分を悪くして倒れた花魁もいたって他の姉さん達が話しているのを聞きんした!」


紅がどこからか仕入れてきた話を得意げにいう。


「まあ、そんなことだから後で四人で道を確認しがてら甘味屋でも寄ろうかね」


小雪がそういうと凛と紅は大喜びしてどの甘味屋が良いかと相談し始めた。


◇◇◇


小雪ほどの花魁になるとちょっとした用事では見世から出ることができないため、こうして四人揃って見世の外に出るのは初めてだ。


見世を出て仲の町を歩いていると通り過ぎる妖たちが薄布で顔を隠している小雪の方をちらちらと見ているのがわかる。


 改めて外に出て小雪を見ると絶世の美女という言葉がしっくりくるほど美しい顔立ちをしている。


雪のように白い肌に氷を思わせる透き通るような水色の瞳、そして白っぽい髪は毛先の方になるにつれて青みが濃くなる不思議な濃淡がある。


「やっぱり小雪姉さんと歩くと道行く妖達も思わず振り返ってしまうでありんすね」


凛が自慢げにそういうと紅もその通りとばかりに何ども頷く。


 妖は見目が良いほど力も強いというけど、小雪はいったいどれほどの力を持っているのだろうか……そんなことを考えつつ小雪たちの後をついて歩いていると気づけば大門のところまでやって来ていた。


「俄当日はそこの茶屋がわっちらのために解放されているから順番が来るまではそこで休むことになるよ。順番がきたら見世の男衆が先に歩き出すから凛と紅の二人が献上品を持って先を歩き、観月はその後に続く」


小雪が当日の流れや歩く順番などを詳しく話してくれると徐々に実感が湧いてきた。


(本当に妖狐の御当主様にお会いするんだ……失敗だけはしないようにしなきゃ)


一通り説明を聞き終わると実際に大門から夢幻楼までの道のりを四人で歩いて確認する。


実際に歩いてみると確かに少しばかり距離があり歩く間隔などを気をつけないと途中で列が乱れてしまいそうだ。


「当日は囃子太鼓の音もなりんす、それに道の両脇は見世の入り口が見えなくなるほど多くの妖達が見物に来んすので太鼓の音に合わせて一歩つづ進むのが一番確実でありんす!」


凛に色々聞きながら道の確認をしているといつの間にか夢幻楼の正面にかかる大きな太鼓橋の前までやって来ていた。


「改めてみると本当に立派な屋敷ですね……」


夢幻楼は朱色と黒を基調とした楼閣で近くで見ると細部まで彫刻などが施されており異様な風格を放っている。


「当日はここから先はわっちら四人しか渡ることを許されていないから、ここから先が一番重要だね。夢幻楼に入るまでの道中は一種の見せ物みたいなものだからね」


初めて近くで見る夢幻楼は周囲を高い塀で囲まれており外からは中の様子を伺うことはできない。


塀に沿うように咲き乱れる曼珠沙華の花は人世にあるものと違い深紅でどこか毒々しさを感じる。


紫苑が夢幻楼をまじまじと眺めていると太鼓橋を渡った向こう側に人影があることに気づく。


紫苑が小雪たちに人影があることを教えようとするがすでに小雪は凛と紅に手を引かれて来た道を戻ろうとしている。


慌てて紫苑もその場を離れようとするが太鼓橋の先にいた人影がどうも気になりもう一度夢幻楼の方を見る。


太鼓橋を渡りきり夢幻楼の敷地に立っていたのは白銀の髪が印象的な七つの尾を持つ妖狐だった。


紫苑と妖狐の視線が一瞬交わると時が止まったかのように紫苑は身動きできなくなる。


時間にしてほんの数秒ほど見つめ合っただろうか……微動だにしない紫苑をそのまま残しその者は夢幻楼の中へと消えていった。


妖狐らしき者の姿が消えると紫苑に時が戻ってくる。


あたりのざわめきや道を行き交う様々な音が戻ってきていつの間にか止めてしまっていた息をふーッと吐き出す。


もう一度太鼓橋の向こう側を見るがそこには誰もおらず、夢幻楼の屋敷が見えるだけだった。

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