第26話
夢を見た。
いつも私を困らせるあの不思議な夢だ。
夢の中の私は若く綺麗な姿の母と山小屋のような小さな家に身を寄せ合いこれからどうしたものかと話している。
夢の中の私はまだ幼く母に言われるが後をついて山の中を歩いていく。途中で人里のようなものを見た気がするが夢の場面は一気に変わり気づけば母と二人で古屋の中にいた。
「紫苑、準備ができたわ。こちらにいらっしゃい」
母に連れられて床に不思議な円陣や呪印が施されたその中心に立たされる。
「では、はじめるわよ」
そう言うと母は祝詞のような不思議な言葉を紡ぎ神通力を開放する。
母はすごく悲しそうな顔をして私に何かの術をかけると夢の中の私の意識はだんだんと薄らいでいきそのまま真っ暗な世界となった。
「母様?どこなの?」
真っ暗になり上も下もよく分からない空間を歩きながらひたすら母様を呼ぶがどこからも返事は帰ってこない。
そのままどこへ行くのかも分からぬまま歩いていると足元にひらひらと桜の花びらが舞い降りてきた。
桜の花びらが落ちてきた方を見るとなんと前方に今までなかったはずの大きな桜の木が一本淡い光で照らし出されたかのようにぼんやりと浮かび上がる。
近くまで歩いていくとむせ返るような桜の香りが漂い、紫苑は桜の木を下から見上げる。
(すごく大きな桜の木……)
ただただ桜の木を見上げていると急に強い風が吹き紫苑の視界は舞い散る桜でいっぱいになる。
勢いよく舞い上がる無数の花びらは紫苑を包み込み先ほどまでいた景色を覆い隠そうとするが、紫苑が僅かに目を開けて花びらの壁の向こうを見るとそこには夢に度々出てきた白髪の美しい少年の姿があった。
「待って!あなたは誰なの!?」
「私がずっと君のことを守るから……」
白髪に血のような紅瞳をした少年はそう呟くとそのまま桜の花びらにかき消されるようにして消えてしまった。
◇◇◇
朝起きると隣で寝ている観月姉さんが布団の中でひどくうなされていた。
紅と一緒に何度か揺さぶったり名前を呼んだりしてみるが一向に起きる気配がない。
ひどく汗をかいていつもよりも体温も高く感じたので小雪姉さんを呼んできた方がいいのでは?と二人で話していると勢いよく紫苑が飛び起きる。
「観月姉さん!大丈夫でありんすか?」
まるで全力疾走をした後のようにひどく汗をかいて乱れたままの息をしている紫苑を心配そうに凛と紅は覗き込む。
「ずいぶんうなされていんしたが、何か悪い夢でも見たのでありんしょうか?」
先程の夢から目覚めると全身嫌な汗がべっとりとまとわり付き、身体も心なしかいつもより重く感じる。
心配そうにこちらを見つめてくる凛と紅を安心させようと布団から出て立ち上がろうととするが、足に力が入らずその場に倒れ込んでしまう。
「観月姉さん!大丈夫でありんすか?……ひどい熱でありんす、紅!急いで小雪姉さんを呼んできて」
その場に倒れ込んだ紫苑のそばに寄り凛は慌てて紫苑を再び布団の上に横たえる。
「ごめんなさい、何だか身体が重くて……」
「今、紅が小雪姉さんを呼んできんすからここで寝ていてくんなまし」
凛が心配そうに紫苑の手を握って様子を見ていると、勢いよく部屋の襖が開かれ小雪と紅が部屋に入ってくると部屋に入るや否や小雪は着物の袖で鼻を覆う。
「観月が熱を出したって聞いたが……なんだいこの匂いは、まるで鬼がいるみたいな……」
紫苑と凛がいる部屋には桜の時期はとうに過ぎたと言うのに部屋いっぱいに桜の花の香りが漂っていた。
この幽世では桜は鬼の一族の家紋にも使われる象徴華であり、力の強い鬼ほど桜のような独特の香りを放つと言われている。
慌てて布団で寝ている紫苑の元に小雪が寄るとこの部屋中に広がる香りは紫苑から発せられているとわかる。
「なんだってんだい、昨日まで元気だったって言うのに……」
とりあえず、この香りが部屋から漏れ出てしまう前にと小雪は急いで部屋に結界を張る。
小雪が心配そうに紫苑を見ていると側にいた凛が今朝がた紫苑がひどくうなされていたと小雪に教える。
「観月、またあの不思議な夢を見たのかい?」
布団で息苦しそうにしている紫苑に問いかけると紫苑は何とか頭を縦にふり頷く。
これは一刻を争うと判断した小雪は凛と紅にこの部屋に誰も入れないように言うと、自分はこれから術具屋へ行って楓を呼んでくると言って部屋を出て行った。
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