第23話

 いきなり宗介に口づけられ気が動転していた紫苑だったが小雪に抱き抱えられて凛と紅のいる部屋に連れてこられると少しずつ頭の中が落ち着いてくる。


部屋に入ると凛と紅が心配そうな表情をしているのが見える、小雪はそのまま奥の部屋へと紫苑を連れて行きようやく降ろしてくれた。


「観月、大丈夫だったかい?あいつに何かされたのかい?」


小雪が心配そうな表情で紫苑に問いかけると、凛と紅も開けっ放しになっている隣の部屋とつながる襖の横からこちらを伺っている。


「あ、あの。その……」


小雪に聞かれて再び先程のことを思い出してしまい紫苑の顔は真っ赤になって口籠ってしまう。


「帯は解かれていないようだからその身までは奪われてないと思ったが……あの男……」


口籠ってしまった紫苑の様子を見て勘違いした小雪は鬼のような形相で再び宗介の元に怒鳴り込みに行こうと立ち上がる。


「ね、姉さん!大丈夫です!ただ少し揶揄れただけですので……」


 立ち上がった小雪を止めるために慌てて声を上げると、小雪は振り向き本当かい?無理をしてないかい?と何度も心配そうに紫苑のことを気にかけてくれた。


「本当に、大丈夫です。私が少し気が動転してしまっただけで」


「それならいいが……しかし、急に宗介様はどうしたっていうんだろうね。最初お前を連れて来た時はあんなに淡々としていたっていうのにあの態度の変わりようは……」


小雪はなんとか気を落ち着かせた紫苑を見て、凛と紅に紫苑に飲ませる水を持ってくるように言う。


凛と紅は紫苑と小雪を気にしつつも言いつけ通りに水をもらいに部屋を出て行った。


「さて、二人がいないうちに少しお前と話しておきたいことがあってね」


小雪が紫苑を安心させるようにやさしく微笑み紫苑の頭をひと撫ですると意を決したように口を開く。


「実は、わっちはこの曼珠の園で情報屋としても働いているんだ、宗介様はその情報屋としてのわっちのお客でね……お前がこの幻灯楼に来てから様子を逐一報告するように言われてたんだ」


「え!なぜ私のことを?」


急に明かされた真実に意味がわからずにいると小雪はさらに話を続ける。


「お前がこの幻灯楼に来る前からこの曼珠の園には妖狐の御当主様の目を盗んで鬼の一族が出入りしているらしくて、宗介様はその手がかりを追ってたみたいなんだ。最初はお前のことも鬼の一族の手先か何かだと考えていたらしいけど……」


「私が鬼の一族の手先ですか!?」


 いきなり色々なことを話されて理解が追いつかないが、とにかく自分にあらぬ疑いがかけられていたことを知り慌てて小雪に今も疑われたままなのかと問い詰める。


「いや、お前の様子から鬼の手先ではないと判断したようだけど、ここ最近急にお前のことを根掘り葉掘り聞いてくるようになってね。お前は背中に呪印があるだろう?そのことをさっき二人になった時も聞かれて、呪印の模様を教えてやったらあからさまに態度を変えてきたから何かあるんじゃないかと思ってね」


確かにここ最近の宗介様の自分に対する態度は変だ……急に優しくなったというか、とても大切な人のように接してくるように感じる。


「そうだったんですね……けど、私には全く思い当たる節もなくて。強いて言えば、私がよく見る不思議な夢の話をした後くらいから態度が変わったような気がしますけど……」


 紫苑がそういうと小雪は紫苑が幼い頃から見続ける不思議な夢に興味を持ったようでどんな夢なのか教えてくれるかい?と紫苑に言う。


「もしかしたら、その夢ってやつが何か重要なことなのかもしれないよ」


小雪に言われて、紫苑は自分が十歳の頃から見るようになった夢の話や、ここにきてから宗介に度々感じる不思議な懐かしさにも似た気持ちを素直に打ち明けた。


小雪は紫苑から話を聞き終えると難しい表情をしたまま黙り込んでしまう。


「ごめんなさい、やっぱり関係ないですよね」


 紫苑が慌てて自分の考えすぎですよね、と笑うと小雪は真剣な表情をして紫苑の両手を強く握る。


「多分だけど、その夢……ただの夢じゃないよ。前世の記憶ってやつか、もしくはお前の背中にある呪印と関係しているのかもしれない。わっちは専門じゃないから何とも言えなが、術具屋の店主なら呪印にも詳しい、聞いてみたら何かわかるかもしれない」


「え……けど、宗介様に話した時はこの幽世でもそんな話は聞かないって……」


小雪は戸惑う紫苑を見てはぁーっと大きなため息をつく。


「本当にお前はお人好しだね、わっちでも見当がつくのにあの宗介様が知らないわけがない。つまり何か理由があってお前に感づかれないように隠したのさ、理由はわからないけどあまり気をゆるさないほうがいい」


 紫苑はあんなに優しくしてくれた宗介が自分を騙すようなことをしているとはどうしても信じられず苦悶の表情を浮かべて思わず俯いてしまう。


「とにかく、今日のこともあるからしばらくは宗介様もこの幻灯楼には登楼できないから、その間に術具屋の店主にあって話を聞いてみるよ」


小雪がそう言うと、ちょうど凛と紅が水差しが乗ったお盆を手に部屋に戻ってきた。


「姉さんお待たせしました!」


凛が紫苑のそばにお盆を置いて水を注いでいると、紅が興奮した様子で話し出す。


「姉さん!今下に降りて行ったら女将さんと旦那さんがこんなことを話しているのを聞いてしまいんした!」


紅が目をキラキラと輝かせて小雪と紫苑の二人を交互に見てから、少し勿体ぶりつつも話し出す。


「今朝一番に幻灯楼に使いが来て、犬神家のユウキ様が観月姉さんを落籍したいって正式に申し込みしに来たって!」


 紅がそう言うと小雪はこれ以上ないくらいに目を見開き血相を変えて紅に詰め寄る。


「それは本当かい!?もう旦那様や女将は観月をユウキ様に落籍させるって決めたのかい?」


珍しくかなり慌てた様子で紅の小さな両肩を揺さぶり小雪は話の続きを急かす。


「ね、姉さん、そんなに揺さぶったら紅が話せませんよ」


 小雪に揺さぶられてふらふらとしている紅との間に入り紫苑はとにかく一旦落ち着きましょうと凛から渡されたグラスを小雪に渡す。


小雪は水を一気に飲み干すと、冷静さを取り戻したのか取り乱して悪かったねと言い紅にその話の続きを話すように促す。


「それが、女将さんはすぐにユウキ様に!って言ってたでありんすが、旦那様が宗介様のお気に入りだから宗介様に話を伺ってからでないと決められないって珍しく二人で言い合いになっていたでありんす」


「あのおしどり夫婦が珍しい、それに女将がそこまでユウキ様を贔屓するなんて何だか怪しいね……」


小雪は紅から話を聞き終えると煙管を取り出し一服し始め、何やら考え込んでしまった。


話の渦中である紫苑自身はと言うと落籍したいと言われても正直、他人事のようにしか思えずそれよりも今日起きた色々なことを頭の中で整理するので手一杯だ。


「まさかユウキ様が観月姉さんを落籍したいだなんて思ってもなかったでありんす!観月姉さんがユウキ様にした事といえば接待を台無しにした事と心配してくれたユウキ様に怒鳴った事くらいなのに!」


 凛が不思議そうになんでユウキ様は観月姉さんを気に入ったんでありんすかね?と紅と話していると小雪が閃いた!とばかりに煙管をカンっと鳴らして声を上げた。


「そうか!そう言うことか。ユウキ様はこの幻灯楼に登楼するようになってからいつも何かを探しているような素振りを見せてたんだが、先日観月が座敷で相手した時に赤水晶の話をしていただろう?」


「はい、ユウキ様が持っていた赤水晶が光ったのを見たら何だか気分が悪くなって……」


「前にも言ったが赤水晶は持ち主以外が触れても何の反応も示さないのが普通なんだ、その赤水晶が光ったってことはユウキ様が持っていた赤水晶の持ち主は観月、お前だったってことだよ」


急に赤水晶の話を持ち出されて、自分の持ち物だったんだと言われても紫苑には全く身に覚えもない物で信じられないと頭を振って否定する。


「いくら何でもそれは……私がこの幽世に来たのは最近ですよ?」


「ユウキ様が人里に降りた時に貰ったと言っていたなら、もしかしたら観月が幼い時にどこかでユウキ様と出会ってたってこともあるんじゃないかい?それか、その背中の呪印と何か関係があるのかも……どちらにしても宗介様にユウキ様と何か裏がありそうだよ」


そう言うと小雪は部屋の隅に山のように置かれている今日宗介に買ってもらったばかりの術具の山の中から一つの封筒を取り出す。


「観月、これはわっちが術具屋に頼んで作ってもらった特製の守りの護符だよ。この護符であれば宗介様やユウキ様のような強い妖からでも一回は身を守れる。これからは寝る時もずっとこの護符だけは肌身離さずに持つんだよ」


そう言って小雪は封筒から物々しい護符を取り出すとくるくると小さく丸めて手のひらほどの大きさの巾着に入れて渡してくれた。


「凛と紅も、もしわっちがいない時に身に危険が迫ったら渡してある札を使って逃げるんだよ」


いつになく真剣に話す小雪の気迫に押されて紫苑たちはただ頭を縦にふるしかなかった。

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