第22話

 凛と紅が紫苑を部屋に連れて行くと、小雪と宗介は二階にある小雪の座敷へと上がる。


座敷に入り小雪が盗み聞きされないようにと軽い結界を張ると、すぐに宗介が小雪に少し棘あのある言い方で紫苑の背中にある呪印について聞いてくる。


「小雪、観月の背中に呪印らしきものが見えたのだが何か知っているか?」


「あぁ、あの呪印は生まれてまもない頃に妖に祟られたのを母親が封印したとかでできたアザだって本人は言っていたね」


「はッ、チラリと見えただけでもかなりの大きさがあった。ただの呪印ではないことはお前もわかっているだろう?小雪、お前は観月の背中にある呪印の全てを見たのか?」


「そりゃあ、面倒を見ている自分の禿の背中くらい見る機会はいくらでもあるさ」


 いつもと違っていやにしつこく聞いてくる宗介を警戒しつつも小雪は近くにあった半紙にさらさらと紫苑の背中に刻まれている模様を書き写す。


「確かこんな感じの模様が背中の上から下にあったね。本人には悪いがあんな呪印があったんじゃ、人世でも薄気味悪いと煙たがられてたんじゃないかと思うよ」


 小雪が描いた呪印の模様を見ると宗介は大きく目を見開き左手で思わず口を押さえる。


(これは封じの呪印……やはり雪華様が紫苑の本来の姿を封印したのか)


 今まで見たことがないくらいに驚いた様子をしている宗介を不審に思い小雪が大丈夫かい?と話しかけると宗介は慌てて表情を取り繕い何でもないと言った。


「その呪印に覚えがあるのかい?」


呪印の模様を知った途端態度を変えた宗介にそう聞くと思いもよらない答えが返ってきた。


「小雪、君は賢い女性だ。この呪印のことは他言無用だよ、あと今後は一切幻灯楼以外での湯浴みはさせないようにしておくれ」


 いくら贔屓にしている宗介の頼みでも、個人的な時間にまで口を出すのは承諾しかねると小雪は珍しく怒りを含ませた声色で返事をする。


「そこまで観月のことを気にかけるのなら、宗介様、あんたがあの子を落籍してやればいいだろう」


 日に日に観月への執着が強くなる宗介に対して小雪がそう言うと、宗介は不敵な笑みを浮かべて小雪を見据える。


「あぁ、言われずともそうするつもりだ。俄が全て終わる頃には観月は私の手元にくることになるよ」


「ちょっと、それは一体どういう……」


小雪が宗介に詰め寄るのと同時に廊下から凛と紅の声が小雪を呼ぶ。


「姉さん、観月姉さんの着替えが終わって医師にも見てもらいんしたが中に入ってもいいでありんすか?」


「あぁ、中に入っておいで」


 小雪が返事をするよりも早く宗介が答えると小雪は宗介を睨みつけたまま小さくチッと舌打ちをして廊下の戸を開けて凛たちを部屋に入れる。


凛と紅に連れられて入ってきた紫苑は先ほどまで着ていた他所行き用のものではなく身動きが取りやすい普段用の着物を着ていた。


「観月の普段着姿を見るのは初めてだね、いつもの綺麗な着物もいいがこの姿も愛らしい」


宗介はそういうと紫苑を手招きして自分のすぐ隣に座るようにいう。


 しかし、紫苑は小雪の客である宗介の隣に自分が座るなどいいのだろうか?と思い小雪の方を見るが小雪は眉間に皺を寄せつつも宗介のいう通り隣に座るように促す。


宗介の隣に紫苑が座ると宗介はすぐに紫苑の手を握って愛おしそうに両手で包み込む。


「観月に怪我がなくて本当によかったよ、そう言えば今日買ってきた術具や護符は全て見世の者に渡しておいたから後で受け取るといいよ。詳しい使い方は一緒に書いて入れておいたから」


宗介が紫苑にばかり夢中になっていると小雪が冷たい視線をよこしてくる。


「宗介様は観月に夢中なようだからわっちは部屋に下がっても良いかえ?」


 小雪が愛想無く宗介にそういうと紫苑は慌てて宗介から身を離して小雪の方へ行こうとするが宗介に手を掴まれて動けない。


「小雪花魁も俄の準備で休みなく働き通しだろう?私のことは気にせず部屋で休んでも構わないよ?……あぁ、観月は置いていってもらわないと流石に一人ではここにいる意味がないからね」


 宗介が小雪にそういうと小雪の表情は見る見るうちに険しくなり側に控えていた凛と紅があたふたと顔を見合わせている。


どんな時もお客を相手に本性を見せる事のない小雪がここまで怒りをあらわにしてるのはただごとではないと思い、紫苑は慌てて宗介と小雪の仲を持とうとするが小雪はふんっと宗介をひと睨みしてから自室へと行ってしまった。


 凛と紅は小雪の後を追うべきかこのまま紫苑のもとにいるべきがおろおろと迷っていたが、宗介にお前たちも休んでも構わないよと優しく言われ小雪の後を追って座敷から出ていってしまう。


二人だけになった座敷には外から聞こえてくる三味線や太鼓の音に合わせて騒ぐ楽しそうな声が響いてくる。


紫苑の手や髪をひっきりなしに撫でたり手にとって遊んでいる宗介に小雪にあんなことを言うなんて、何かあったのかと心配になり聞いてみる。


「宗介様、急にどうしたんですか?小雪姉さんにあんな態度を取るなんて……」


「別に小雪花魁とは何もないよ。それより本当に怪我をしていないか確かめさせてくれないか?」


宗介はそういうと紫苑の体を引き寄せてそのまま畳の上に優しく横たえると、宗介の整った指先は紫苑の顔の輪郭を撫でてそのまま首筋を通り鎖骨をひと撫でする。


組み敷かれるように見下ろされた紫苑はいきなりのことに顔を赤くさせ潤んだ瞳で宗介を見上げる。


「そ、宗介様、私は本当になんともありませんので離してください……」


 ふるふると涙を浮かべながら小動物のように自分を見上げてくる紫苑を見るとこのまま自分のモノにしてしまいたいという欲望が湧いてくる。


いつもと違い艶っぽい色を含んだ宗介の瞳を見て紫苑はこのままでは自分の身が危ないと思いめいいっぱい両手で宗介の胸板を押し返す。


紫苑の抵抗を楽しんでいるかのように妖艶な笑みを浮かべる宗介はするすると手を滑らせ紫苑の心臓のある位置でトンッと人差し指を軽くつく。


「姿形は変わってしまったけど、君が生きていて良かった。後少しで私たちは一緒になれる」


宗介が熱のこもった瞳で見つめてくるが紫苑にはなんの話をしているのかさっぱり分からずただただ宗介を見上げることしかできない。


「宗介様、どいてくれないなら大声を出しますよ」


 このままこうしていても自分一人ではどうしようもないと思い、大きな声を出して見世の者を呼ぼうとするが声を上げるより先に宗介の綺麗な人差し指が紫苑の口元に軽く押し当てられる。


楽しそうに目を細めて自分を見下ろす宗介の姿があまりの色っぽくて顔を赤くして身を硬くしていると、宗介はくすりと笑って紫苑の髪を愛おしむかのようにさらさらと手で梳かしていく。


「いい子だね、いい子にはご褒美をあげる」


緊張してなされるがままになっている紫苑の頭の後ろに優しく宗介の手がまわされるとそのまま宗介の顔が近づいて来て思わず紫苑はぎゅっと瞳を閉じてしまう。


(もしかして、口付けられる!?)


瞳を閉じたまま数秒待つが何も起きないので恐る恐る瞳を開くとそこには先ほどまでの妖艶さはなく悪戯っ子のような笑みを浮かべた宗介の姿があった。


揶揄からかわれたと分かり宗介に文句の一つでも言ってやろうとするが口を開くより早く強引に宗介に口付けられてしまう。


「ッ!んー!」


 抱きしめられるような体勢で突然口付けられて混乱しながらもなんとか宗介の腕の中から逃れようと力一杯両手で宗介を押し返す。


無我夢中で抵抗し、ようやく解放された紫苑は荒い息を吐きながらも体制を整えてなんとか宗介から距離をとる。


紫苑に口付けた宗介は何が起きたか理解できずに呆然と自分を見つめる紫苑から身を離すと、楽しそうにくすくすと笑い親指で口元を拭いぺろりとひと舐めする。


あまりの色っぽさに思わず宗介に視線を奪われていると、紫苑の抵抗によってはだけてしまった右肩あたりに赤い桜のような紋様があることに気づく。


紫苑の視線が自分の右肩に向けられているのに気づくと宗介は紫苑の小さな顎を掬い取るようにして自分の方へ向ける。


「僕を無視して何にそんなに夢中になっているんだい?」


紫苑はハッと我にかえり今されたことを理解するとこれ以上顔は赤くならないというくらい真っ赤にして慌て着物の両袖を引っ張って自分の口元を隠す。


「宗介様!あ、あんなことするなんて!私をからかうのはおやめ下さい!」


生まれて初めて唇を奪われ羞恥心や揶揄われた怒りやらで思わずかなり大きな声で叫んでしまった。


「ごめんごめん、観月があまりにも愛らしいから我慢がきかなかったよ」


 宗介は全く悪びれた様子もなく笑みを受かべていたが、先程の紫苑の大声を聞きつけて小雪や見世の者が慌ただしく座敷に近づいてくることに気づくと『残念』と呟く。


 勢いよく座敷の戸が開けられるとそこには冷気を纏い怒りを露わにした小雪の姿と廊下にいつも控えている見世の者たちの姿があった。


小雪は少し着物が乱れた状態で顔を真っ赤にして涙ぐんでいる紫苑を見ると、今まで聞いたことがないくらいの剣幕で怒鳴る。


「まだ新造出しも終えてない 禿に手を出すなど 郭のしきたりに反しんす!ぬしはしばらくわっちの座敷には上げんせん!」


小雪はそういうと座り込む紫苑を抱き上げてさっさと座敷を出ていってしまう。


「これは参ったな……」


 座敷に見世の者と残された宗介は苦笑いを浮かべると、どうしたものかと困っている見世の者に女将さんにこの手紙を渡しておくれと頼み幻灯楼を後にした。

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