第46話 お仕置き

「御使い様! 私は未熟者でございましたぁ」


 ふと足元を見ると、審問官が情けない声で私にすがっていた。


「私はセリス教の審問官として、常に民を正しき神の教えに導いてまいりました。

 私はそれを自負しておりました。が、この地ブリドニクで、悪魔のささやきに耳を傾けてしまったのでございます。それを見抜けなかったのが私の罪でございます。

 私の慢心から起こってしまったことでございますぅー」



 きたない…… 醜い……こっちにこないで!

 私の足元にすがっている審問官の姿を見てそう思ってしまった。


 あっ・・・・・・今の気持ちって、まるで、あのときのハリーとデレクと同じじゃない!

 いけない!! そんなこと思っちゃいけない!!



「御使い様  今、ここで、本当の魔女を断罪いたします!

 審問官である私でさえも おとしめた魔女を・・・・・・

 エリザ・シェルドン…… お前が本当の魔女だぁー!!」


 審問官は立ち上がると舞台の前へと歩き、血が流れているのも気にしないままに、エリザを指差した。

 静寂に包まれていた広場が、より大きくざわつき、空気が大きくうねってきたのがわかる。




 審問官に指差されたエリザは、驚きと恐怖の表情を浮かべて、その場に動けないでいた。


(何よ、これ! どうしてこうなるのよ! 私の体を楽しんだくせにぃー

 自分だけ、助かろうって言いつもりなの!? )


 エリザは、いきなり自分を指差した審問官を睨んだ。隣にいたはずのマックスは、いつの間にかいなくなっていた。


「私は何もしていないわ! 私を誰だと思っているの? シェルドン家の娘よ!

 こんなことをして、許されると思っているの??

 ぜんぶ、あんたのしたことをばらしてやるから!! 

 あなたぁー マックス、 私を助けてちょうだい!」


 エリザのすぐそばにいた男たちが、エリザを両脇から抱えて前方に向かって歩き、舞台へと押し上げた。

 エリザが男たちに拘えられながらも大声で叫んでいる。



 エリザが舞台に上げられると、甘ったるい香水の匂いが鼻につく。


「御使い様、お願いでございます! 私に慈悲をー!!

 私は善良なセリス教の信徒でございます!

 教会の寄付だってたくさんしてきたんですよぉ!

 それに、ここにいる審問官は、神職者のくせに、私をもてあそんだんですよぉー

 そんなの神様は、お許しになるのですか?? 」


「御使い様に近づくでない! 魔女めー!!」


 四つん這いになりながらも私に近づこうとしていたエリザを、審問官が後ろから髪の毛をひっぱり叫んだ。

 髪の毛を引っ張られてのけぞったエリザは、ドレスがほとんど脱げて、胸も露あらわになっている。それにも気づいていないようだ。エリザは苦痛の表情を浮かべていた。


(やっぱり、ドレスの着こなしが下品だったんだね。こんなに胸を出しちゃだめなんだね。

 ドレス脱げちゃってるよ・・・・・・)


 最初にエリザを見たときにオルト兄ぃの言葉を思い出していた。可哀そうとか、おっぱいを隠してあげなくっちゃとか、私はちっとも思わなかった。


「この女、エリザは、以前、審問官である私に、『悪魔のまじないの札を見せてくれ』と言って誘惑してきたのです。恥ずかしいことに、その時、私は魔女の誘惑を見抜けずにおりました。

 そして、スザンナが持っていた悪魔のまじないこそ、この女のしかけたものであることを、思い出しました。

 これも、御使い様の聖なる力のおかげ! 魔女のまじないにかかっていた私を正気へともどしてくださったからでございます。

 セリス様への祈りをかかさないスザンナさんを誤って、魔女として断罪してしまったこと、すべては、この魔女の仕業であったことを、私、審問官は証言いたします!」


「うそばっかり! 私を何度も抱いたくせに!! 

 あんたこそ悪魔だわ!!」


 審問官が必死になって、私に訴えると、エリザは、はだけている胸元を気にもせずに、審問官をののしっている。



(もういやだ。おうちに帰りたい……)


 私は助けを求めるようにオルト兄ぃを見ると、オルト兄ぃは大きくうなずいてくれた。


(もうひとがんばりってことだね! オルト兄ぃ……)


 私は気を取り直して、もう一度、御使い様になりきってみる。



「私わたくしは、セリス様の使いとして、スザンナを送り届けるように命じられただけです。

 人を裁くことを、セリス様は、私にお許しになってはおりません。 私の役目は終わりです。

 皆さまに、セリス様のご加護がありますように」



 私はそう言って、両手を組み、天に祈るようなポーズを取った。

 私の身体は、そのまま溶けるようにして消えた。



「おぉぉおおー 御使い様が!! 消えた!!」

「天にお帰りになられたのだ!!」

「御使い様―!! セリス様―!!!」


 広場は一層、大きなざわめきの中にあった。




 気づくと、私は舞台から降りていて、目の前にオルト兄ぃがいた。

 オルト兄ぃが、あの舞台から私を降ろしてくれたんだ。

 こころの底から、ほっとした。




「これより、魔女裁判を行うものとする!


 私、審問官は、セリス様の慈愛に満ちたこの世界の平穏を守るため、セリス様の御名の下、ここに、女、エリザ・シェルドンの教会裁判を正しく執り行うものとする!」


 遠くで、審問官が声を上げているのが聞こえた。





「マルルカ、森のおうちに帰ろう!」


 オルト兄ぃが優しく抱きしめてくれた。




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