第45話 女神降臨

「神の試練を、皆、しかと見るがよい! この女は魔女であるという証を!!」



 広場の異様な殺気のなか、審問官は一段と声を張り上げると、高く持ち上げていた鞭を思いっきりスーおばさんの体に向かって、激しく打った。


 スザンナの体は大きく揺れて、血しぶきが飛び肉まで裂けているのが離れていてもがわかる。



 オオォォォオオオーッ!!!!!


「魔女だぁー!! 殺せー!! 殺せーー!!」


 広場は、異様な高揚感がどんどんと広がっている。



 そんな中、これまでに感じたことのない、ふつふつとした感情が沸き上がっているのを、マルルカは一人、静かに感じていた。


 弱っている者を、ここまでいたぶることが許されるの? 

 これが教会の裁判? 

 なんの罪もない者を貶めて、いたぶり殺す…… これが教会の聖職者のやること?


 …… 私にはわからない。でも……


「こんなことしちゃいけない……許せない! ぜったい許せない!!」


 私は、叫んだ!!



 私の叫び声で、広場には一瞬にして静寂がおとずれた。大勢の街の人たち、そして舞台の上にいる審問官が、ぎょっとした驚いた表情をして一斉に私のほうを見た。


 しまった!!…… 声を出しちゃダメだったんだ! 


 自分の声の大きさと大勢の人の視線で、自分がやっちゃいけないってことをしたことに気づいて、沸き上がっていた感情が引いたのがわかった。


「マルルカ、大声で叫んでって、僕、頼んでなかったんだけど…… 

 まぁ、好きにやっていいよ。なんとかしてあげる!

 君は、セリス様の御使いの女神さまの設定って言うことだけは忘れないでね」


 となりで、オルト兄ぃが小声で私にささやいた。


 そうだ! 女神様にならなくっちゃ! 

 でも、どうやって……?




「娘よ…… 何者だ? 

 まぁ、よい…… この魔女をかばいだてするつもりか?

 お前の恰好は聖女様か女神様のつもりか? 審問官の私をバカにしているのか?

 セリス様を冒涜するにもほどがある!!

 その娘を連れてこい!」


 審問官が私のほうに向かって声をあげると、そばにいた男の人たちがハッとしたように、私を取り押さえようとした。が、私に手をかけようとしたとたん、何かに弾かれたように、「いたっ!」と軽い悲鳴をあげて、顔をしかめて手を引っ込めた。



(もしかしたら、これが守り石の力?)


 なんだか、アル兄様がそばで守ってくれている気がして、心に力が湧いてくる。すぐ隣にはオルト兄ぃもいる。私は大丈夫!!


 私はそう思うと、スーおばさんの体のある舞台へと、自分の足で歩いて行った。




「ほう? これは可憐な美しい少女ではないか……どこの娘だ?」


「そなたに名乗る名などありません。私はセリス様の御使いです!」


 好色な表情を浮かべていた審問官は怪訝そうに私の顔を覗き込み、獲物を逃そうとしない蛇のような目つきで、私を睨んだ。


「言っていいことと悪いことの区別もつかない子どものようだ。それとも、悪魔と契約したことでその姿を得たのか?

 まぁ、よい、審問をしなくとも、今、ここで、お前に神の試練を受ける覚悟があるのか?

 セリス様の御使いなどと口にした罰を、皆の前で悔い改めるのであれば、私が特別にお前の処遇をセリス様に取り計らっていただくこともできるが、どうする?」


「私はセリス様の御使い! そのような神の試練など必要ありません。

 やりたければやるがよいでしょう! ただし、後悔などせぬように……」


「気の強い娘だ。子どもだましのような嘘で、私が止やめるとでも……?

 希望どおりに、セリス様の、神の試練を受けるがいい!!」



 広場に集まっている大勢の人たちは、固唾かたずをのんで事の成り行きを見守っている。

 審問官は、ニタニタと笑いながら、手にしていた鞭で思いっきり私に向かって振り上げた。



(守り石よ。お願い! 守って!!)


 バシッ!  鞭が空を切る音がした。 

 私には、当たりはしなかった。



「そんな…… あり得ぬ…… こんなことがあっていいものか!」


 審問官は驚愕の表情を浮かべて、狂ったように何度も私に鞭を振るっている。



「御使い様・・・・・・ 女神様だ・・・・・・」

「セリス様が遣わされたのだぁー」


 広場に集まった人たち全員がひざまずき、両手を組んで天を仰いだ。

 審問官はその場にへたり込んでしまった。



(守り石が私を守ってくれた! アル兄様が私を守ってくれたんだ!)

 私に力が湧いてきた。それと一緒に、またあのふつふつとした感情が沸き上がる。



「言ったでしょう? 私は御使いだと……

 試しに、あなたの体にも聞いてみることにいたしましょう。

 セリス様を信じる者であれば傷つかないと言ったあなたの言葉を!」


 私は床にある鞭を手に取ると、うずくまる審問官に向かって鞭を打った。



「ヒェエエー!! やめてくれぇー    ギャァアアアアー!!!!!」


 審問官の大きな悲鳴があがる。


 体を小さくしてかばっていた手の甲には、はっきりと赤い線がつき、血がぽたぽたと落ちていた。




 広場にどよめきが起こった。


「審問官様も悪魔と契約しているのか?」

「神の試練なんて嘘っぱちなのか?」

「俺たちをだましたのか? 教会は!」

「スザンナは、魔女じゃなかったのよねー?」


(スーおばさんが魔女じゃないってわかってもらえたよね?)

 広場にいるオルト兄ぃのほうを見ると、ニコニコしてサムアップしていた。


 これ以上、スーおばさんの体をさらしものにしたくない!

 オルト兄ぃに手助けをお願いするように見る。



「スザンナは間違いなく、セリス様の愛にあふれていた女性でした。

 私わたくしがここで皆様にお伝えします。

 スザンナをセリス様のもとへ送るようにと、私をここに遣わされたのです」


 そういって、私はアル兄様が転移のときに魔法を展開したときのポーズをまねてみた。

 きっと、オルト兄ぃならわかってくれるはず!!


 両手を広げて、ゆっくりと天にむかって天をあおぐように高く、両手をあげていく。


 スザンナの体がキラキラと輝き始めた。その輝きはだんだんと大きくなり、小さな星のようにたくさんの輝きとなり、空高く昇っていって消えた。


 オルト兄ぃ・・・・・・ありがとう!!



 広場にいる誰もが声を出すこともできず、最後の輝きが消えるまで空を見つめていた。


「おぉぉおおー  これが神の御業みわざ!! セリス様の愛!!」


 皆、一斉にひざまずき、両手を組んで祈り始めた。




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