第40話 地下牢(2)

「・・・・・・お・か・あ・さ・ん・?・・・・・・」


 薄暗くてよく見えないけれど、メイちゃんの声に、ぼろ切れの塊がかすかに揺れたように見えた。


 オルト兄ぃが鍵などかかっていなかったように普通に鉄格子の牢を開けて中に入っていく。私とメイちゃんがそれに続くように牢の中へと入り、ぼろ切れの塊のほうへと恐る恐る足を進めた。




 オルト兄ぃが少しだけぼろ切れを外すと、そこには弱り切ったスーおばさんの顔が見えた。


「おかあさん!! メイだよ! わかる? メイが来たよ!!」


 スーおばさんの顔が見えたとたん、メイちゃんは私の手をふりほどいて、スーおばさんのところへ駆け寄り、ぼろ切れにくるまれて塊と化したスーおばさんに抱きついた。


「メイ・・・ちゃん?・・・・・・ ここに   来ちゃいけない・・・・・・

 逃・げ・て・・・・・・」


「おかあさん、助けに来たんだよ! オルトさんとマルルカちゃんが手伝ってくれたんだよ!」


「ダメ・・・・・・」


 それっきりスーおばさんはメイちゃんの声に反応したかのようにわずかに開けた目を、再び閉じた。


「おかあさんっ、おかあさんってば!・・・・・・」


 メイちゃんは必死にスーおばさんを起こそうとしている。


「メイちゃん、スザンナさんは疲れているからそっとしておいてあげようね。

 メイちゃんは少し離れていてね。マルルカ、少しきれいにしてあげようか」

 


オルト兄ぃの声にうながされて、メイちゃんは後ろに下がり、私とオルト兄ぃがスーおばさんのそばにいく。


 持ってきた手ぬぐいでスーおばさんの顔を拭き、首のほうから体を拭こうとぼろ布を取り除こうとすると、傷だらけでスーおばさんの体が見えた。スーおばさんから流れた血がぼろ布にくっついていて、少し外そうとしたら、スーおばさんが苦痛の表情を浮かべた。


「ひどい・・・・・・」


 私はかける声を失った。






「スザンナさん、僕の声が聞こえるね?」


 オルト兄ぃがメイちゃんには聞こえないほどの小さな声でスーおばさんに話しかけると、スーおばさんはかすかに揺れた。


「君の命を助けてあげることはできないが、今、すこしばかりの安らぎを与えよう」


 オルト兄ぃがそう言ってスーおばさんの額に手を当てると、体がほんの一瞬だけ淡く光り、スーおばさんは目をゆっくりと開けた。




「オルトさん、あなたはいったい・・・・・・」


 持ってきたお水をスーおばさんにゆっくりと飲ませてみる。スーおばさんは一口、口に含むと首を振り、もう大丈夫と言うように目を閉じて合図をした。



「おかあさん! 気づいたの? メイだよ!!」


 メイちゃんが後ろから駆け寄ってきた。


「メイちゃん、あなたの顔を最期に見れて本当に良かった。オルトさん、マルルカちゃん、なんとお礼を言っていいか」


 スーおばさんは傷だらけの手でメイちゃんのほほを愛おしくなでると、メイちゃんはスーおばさんに頬ずりして「おかあさん、おかあさん・・・」と言いながら、スーおばさんにずっと抱きついて離れようとしない。




「何が……起こったのですか?」

 私がおそるおそる尋ねると、スーおばさんは静かに話し始めた。



 私がお店番をしていたとき、エリザさんがスーおばさんを訪ねてやって来た時のこと。

 あのときに、スーおばさんはエリザさんから、死者の魂を呼び寄せるおまじないを書いた紙と、死者の王に呼びかけお願いする言葉を書いた紙をもらった。受け取らずにお返ししようとしたスーおばさんに、エリザさんは、「お守りだと思ったらいいわよ。みんな持っているわ」と言って、置いていったのだという。スーおばさんはもちろん使うこともなく、今度お返ししようと部屋の中へしまっていたのだと。


 スーおばさんが捕まってしまったあの日、突然、審問官がやってきて、「昨日は墓地に行ったのか?」と尋ねられた。普段から、デイビッドのお墓を訪れているスーおばさんにとっては日常のことだったから、「行った」と答えると、そのままここへ連れてこられたのだという。

 ただ、それだけだった。


 ひどい!! それが教会の、神様に仕える人たちがすることなの?

 スーおばさんは何にも悪くないのに! 

 こんなに傷つけるなんて、ぜったいに許せない!!




「もう、私はおしまい。

 メイのことは心残りだけど・・・・・・レイスのところに行って。

 メイ、明日の朝早く、レイス兄さんのところに、王都に行くのよ。

 ここにいたらダメ」


 スーおばさんは、メイちゃんの頭を撫でながら泣いていた。




「でも、これであの人のところに行ける。

 デイビッドに、ずーっと会いたかった・・・・・・」




「デイビッドに会いたいの? 

 会いたいのなら、会わせてあげることはできるよ。スザンナさん」


  オルト兄ぃのとんでもない言葉に、スーおばさんはオルト兄ぃの顔をじっと見つめた。


 そんな魔法あるの? 私が知らないことばかりだけど、何も言えずにいた。

 それで、スーおばさんが少しでも助けられるのなら、なんでもいい!



「本当にデイビッドに会えるの?」


「あぁ、でも、その対価が必要なんだよ。 スザンナさんの魂ね・・・・・・」


「・・・・・・私の命は残り少ないもの・・・・・・もう惜しくはないわ!

 お願い! 本当にできるのならデイビッドに会わせて!! お願いします」


 スーおばさんは両手を握りしめて、オルト兄ぃに懇願した。


「僕に魂を差し出すということは、君の魂が消失する。来世は永久に来ない。そういうことだよ。

 それでもいいの? スザンナさん」


 オルト兄ぃがすっーっと目を細めて、無表情にスーおばさんを見下ろしている。


「構いません! お願いいたします。デイビッドに会えるのなら!

 デイビッドに会わせてください!」




「わかった、願いを叶えてあげるよ」






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