第35話 森のおうちの来訪者

 それから、スザンナさんにさよならを言ってから街で買い物をして、私はオルト兄ぃと一緒に、1週間ぶりに森のおうちに帰ってきた。帰ってきた頃には日もだいぶ傾いていた。


 やっぱり、このおうちが一番気持ちが落ち着く。だいぶ気温も高くなってきたから夜風がとっても気持ちがいい。森の緑の匂いも気温が上がってきたせいで、だいぶ濃くなってきたように感じる。


「マルルカ、湯あみをしておいで。ずっと茶色のマルルカちゃんになってるのも大変だったろう? もとの姿にもどってもいいからねー。その間に僕は夕ご飯の準備を終わらせておこう」

 オルト兄ぃが声をかけてくれる。オルト兄ぃの手作りのご飯って初めて食べる。どんなのが出るんだろう? ちょっとワクワクする。


 ネモのサボンの香りにホッとする。たっぷりのお湯につかっていると、おうちに帰ってきたんだぁってしみじみと思う。毎朝水を汲みに行く街での生活では、週1回の行水がぜいたくだった。お風呂なんて、あの水汲みを思うとありえないくらいぜいたくなことだった。

 これって、魔法でお水をつくってるのかもしれない。だからアル兄様は、魔法を使うのはここだけ! って言ったんだ。たぶん・・・・・・


 夕ご飯は思った以上においしかった。魚の香草焼きにトマトのサラダ、玉ねぎのスープ。オルト兄ぃも何でもできる。

 ポロ茶を飲みながら、ブリドニクの街でのこと、シェルドンさんやエリザさんのこと、いっぱいオルト兄ぃに話した。

「マルルカもちょっとは役に立ったのか!」とオルト兄ぃは笑いながら聞いていた。


「これ・・・・・・オルト兄ぃに・・・・・・」

 私は、オルト兄ぃに私が刺繍をした手ぬぐいを渡した。オルト兄ぃは、赤い翼が似合うと思って刺繍した。スーおばさんの刺繍と比べるとガタガタだけど、それでも私の今の精いっぱいだった。


「おっ! すごいじゃないかぁ!! マルルカの手作りものをプレゼントしてもらえるなんて思っていなかったよ! 刺繍ができるようになったんだな」

 オルト兄ぃがうれしそうに手ぬぐいの刺繍を見ている。

「もうちょっと練習したら、もっときれいにできると思うの。枕カバーやテーブルクロスなんかにも刺繍できるようにがんばるね!」


「そうだね。今度、刺繍糸を買って来よう。マルルカも女の子らしくなってきたんだねー

 ただ、手ぬぐいにマルルカの加護はいらないけどね!!」

 オルト兄ぃはおもしろそうに刺繍に手を当てて、私の魔力を消した・・・・・・らしい。


「手ぬぐいに加護を与えるのは初めて見たよ! 燃やしても燃えない、濡らしても濡れない。手ぬぐいが水を吸い取らないのならちょっと困るな。おもしろいよねー マルルカは!」


 私、魔力の制御、コントロールがまだできないらしい。心を込めると魔力も込められてしまうらしい。

 なんか、また、オルト兄ぃから課題が出された気がする。


 こうしてオルト兄ぃと2人での森の生活が始まった。




 薬草のお世話にお薬づくり、私はおうちのお掃除や料理の下ごしらえ、それから刺繍。

 アル兄様と違うことは、オルト兄ぃの作った結界の中で、運動と称して魔法の特訓をすることだ。相変わらずオルト兄ぃは強い。私の魔法をことごとく無力化あるいは防いでしまう。かすり傷一つ作れない。

 

 それから魔力の制御。メザク様に教えてもらったのと違って、魔力を抑え込むんじゃなくって、体の中を循環させていく。

 無意識で魔力は循環するのはできるようになったし、茶色のマルルカちゃんにもずっと意識しなくてもなれるようになっている。今よりもっと繊細に魔力を循環させるようにしないと、心を込めたり、何かに夢中になったりすると、意識しないうちに魔力が流れてしまうらしい。

「一番大事なのは繊細な魔力の操作だよ。それが意識しないでできるようにならないとね。

 マルルカは繊細さがまだ足りないかな? 魔力の循環を毎日続けたほうがいいよ」

 これじゃぁ、魔王城の生活とあんまり変わりない?

そんな穏やかな毎日をオルト兄ぃと過ごしていた。






 ブリドニクのスーおばさんのおうちから戻ってきて、1週間くらい過ぎた頃の夕暮れ。

 いつものように、オルト兄ぃと運動をした後、ごはんの下ごしらえをしていると、扉をドンドン叩く音がした。


 こんなところに尋ねる人なんか誰もいないのに……誰だろう? と思っている間も、激しく扉を叩いている。

 オルト兄ぃは湯あみしているし……


「どなた・・・・・・ですか?」 

 茶色のマルルカになって、おそるおそる家の中から声をかける。


「マルルカちゃん? マルルカちゃんだよね? 

 あたし、メイ! ブリドニクのメイよ!! マルルカちゃん! メイだよ!!」


 確かにメイちゃんの声だ! メイちゃんが叫ぶように私の名前を呼んでいる。

「メイちゃん? なんで?」と思いながらも扉をそっと開けると、声をかける間もないほど、メイちゃんが家の中に飛び込んできた。


「よかったー マルルカちゃんに会えて!! マルルカちゃんのおうちでよかったー」

 メイちゃんはずっとブリドニクから走ってきたのか、息がぜいぜいしている。安心したのか、疲れ切ったのか入口に座り込んでしまった。


「メイちゃん、大丈夫? 立てる? お水を持ってくるから、ソファのところまでいける?」

 私はメイちゃんの手を取ると、なんとかソファのところまでつれていって座らせた。

それから急いで台所にいき、リモリス茶をマグに入れてちょっとだけ冷たくしてメイちゃんに渡した。よっぽど喉が渇いていたのだろう。受け取ったリモリス茶をゴクゴクと一気に飲んでしまった。


「マルルカちゃん、会えてよかった。森のおうちって聞いていたけど、たどり着けるか心配で……でも、着いてよかった。あのね、お願いがあって来たの! 本当にあえてよかった。

 おかあさんを助けて! お願い! 助けてほしいのぉー」


 お代わりのリモリス茶を一口飲むと、メイちゃんは私にすがるように叫んだ。

 メイちゃんは安心したのか話始めた。でも、とても興奮していて「会えてよかったぁ、おかあさんを助けて!」ってしか言わない。


 オルト兄ぃがお風呂から上がってきて、メイちゃんがいることに気づいた。

「メイちゃん、少し気持ちを落ち着けようか。今日はもう遅いから泊っていくといい。明日街まで送ってあげるから安心して。まずは湯あみをして一緒にご飯を食べよう」

 オルト兄ぃがメイちゃんに声をかけると、あれほど興奮していたメイちゃんが嘘のようにおとなしくなった。そしてコクンと大きくうなずき、そのまま何も言わずにお風呂場のほうへ静かに歩いて行った。



 えっ? あれほど泣き叫んでいたメイちゃんが・・・・・・なんで?

「オルト兄ぃ? メイちゃんに何かした!?」

「あれじゃぁ、うるさくて話ができないからさ。ちょっと静かにしてもらっただけだよ。

 僕は3人分のご飯を作らなくっちゃ。 メイちゃんにマルルカの寝間着を出してあげた後、湯あみしておいで、マルルカ」


 オルト兄ぃは何事もなかったように、料理を作り始めた。


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