第30話 ブリドニク(4)
お店を閉めるのと片付けを、メイちゃんに教えてもらいながら、後始末をしたり、商品に足りないものがないか確認したりした。あまり、売れてないみたい。
その間、スーおばさんは私たちの夕ご飯を準備してくれている。お店の2階と3階がスーおばさんとメイちゃんのおうちになっている。片づけをしているとリンゴとシナモンの甘い匂いがしてくる。
「おかあさん、アップルパイ作ってくれてる!
おかあさんのつくるアップルパイってすごくおいしいんだよ」
メイちゃんが鼻をクンクンさせている。
私たちは急いでお店を掃除して、戸締りをちゃんと確認してから2階に上がった。
「今日はリンゴがたくさんあったから、食後のアップルパイも作ったのよ。
後で食べましょう。
マルルカちゃんも遠慮しないでいっぱい食べてね」
スーおばさんとメイちゃんと一緒に食べる夕ご飯はとっても楽しかった。
メイちゃんが話してくれる学校の話がとってもおもしろい。学校はお友だちがたくさん集まってきて、先生から文字や計算なんかを教えてもらうのだという。
「マルルカちゃんは学校にいかなかったの?」
私が興味深く聞いていたら、メイちゃんに驚かれてしまった。
「学校は…なかった。・・・・・・行かなかった。
オルト兄ぃが、いろいろ教えてくれたの」
「なかった」っていったら、もっとびっくりされると思ったから、行かなかったことにした。オルト兄ぃが教えてくれたことは嘘じゃないし。
「オルトさんから教えてもらったのかぁ。学校が近所になかったの?
マルルカちゃんが住んでたところはどんなところ?」
メイちゃんがいろいろと聞いてくる。
あぁー なんて言ったらいいの? 本当のことなんか言えないし、どうしよう・・・・・・
「メイ、住むところが違えばいろいろと違うの。それにマルルカちゃんがあなたに質問攻めにされて困っているわよ。お友だちが困るようなことをしちゃダメよ。
自分以外の他の人のこともちゃんと考えられるような子にならないとね」
スーおばさんが、そっと助けてくれた。
「マルルカちゃん、ごめんね。あたし今日は、自分のことばっかり話してたね・・・・・・」
メイちゃんの様子を見ているスーおばさんは優しい顔をしていた。
「ごはんも食べ終わったみたいだし・・・・・・
さぁ、2人とも後片付けを手伝ってちょうだい!
まだお腹いっぱいでしょうから、刺繍を少しした後に、アップルパイを食べましょう!」
「刺繍? 私やったことないのだけど・・・・・・」
「あら、そうなのね。大切な人のために一針一針心を込めていくのよ。初めてなら、ハンカチや手ぬぐいなんかにやってみたらいいわ」
スーおばさんは戸惑っている私に声をかけながら、刺繍糸を準備していく。
大切な人? アル兄様やオルト兄ぃしか、思い浮かばない。
2人には、いっぱい、いっぱい面倒を見てもらったのに、私は何もしてあげられていないのに気が付いた。
「スーおばさん、私、手ぬぐいに刺繍してみたい。スーおばさんのところに手ぬぐいがあったから、それを私買うわ」
「マルルカちゃん、別に買わなくてもいいわ。準備してあげるから」
「ううん。私がプレゼントするんだから、私が買わなくっちゃダメなの!
でも、今持っているお金は私のじゃないけど・・・・・・私が買う!」
「わかったわ。刺繍のしやすいのを選んできてあげましょうね」
スーおばさんは、お店に降りていき、コットンの手ぬぐいとハンカチを持ってきてくれた。
「初めて刺繍をするには、厚手のものは少しやりにくいかもしれないわ。それから織り糸が太くて粗い目の生地も難しいの。糸のヨリが均一で細い番手の糸で目の詰まった生地のほうが刺繍がきれいに見えるし、やりやすいの。ハンカチが一番刺繍を始めるのに向いているのよ。ハンカチから始めるのをお勧めするけど、どうする?」
森のおうちで使うのなら、やっぱり手ぬぐいがいい。
「スーおばさん、私、やっぱり手ぬぐいにするわ」
「マルルカちゃんがそういうのなら、そうしましょう。手ぬぐいの刺繍には、太い糸で刺繍したほうがいいわね。
スーおばさんは、布や糸のこと、それからステッチも基本的な種類をいろいろと教えてくれた。刺繍は教えてもらったことなんかない。確かにオルト兄ぃやアル兄様が刺繍をやってるところも想像できない。なんか、2人にできないことを私ができるなんて、ちょっと、自慢したい気分になる。
「刺繍をきれいにするには、布をぴんと張ることが一番大事よ」
スーおばさんは、私の手を取りながら教えてくれる。
なんか、とってもくすぐったい気分になる。
アル兄様の手ぬぐいは緑の葉っぱを刺繍することにした。オルト兄ぃのは、まだ考えていない。誰かにプレゼントするなんて初めて!!
アル兄様とオルト兄ぃは喜んでくれるかなぁ?
贈る人のことを考えながら一針一針進めていく。
メイちゃんは、ハンカチにピンクの糸で無言で刺繍をしている。メイちゃんも誰か贈る人のことを考えているのかな? それとも自分用なのかな?
そんなことを考えていると、大切な人を思いながら、その人のために時間を使うのって、なんかとっても幸せなことのように思えてくる。
「刺繍もこれくらいにして、アップルパイをいただきましょう」
スーおばさんの声に顔を上げる。肩がガチガチになってる。
メイちゃんもフーっと息を大きく吐くと、首をグリグリ回していた。
2人ともすごく真剣に刺繍をしていたみたい。
スーおばさんの作ってくれたアップルパイは甘酸っぱくて中のりんごがトロッっとしていて、一気に刺繍の緊張と疲れを取ってくれた。
刺繍した後のご褒美みたいな感じ。
その日の夜はおふとんに入るとあっという間に眠りについた。
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