第2章 新たな1歩

第18話 ソラン聖国 ソラニス散策(1)

 アルさんはしばらく考えたふうにうつむき、それから私の顔を見て、ニッコリとほほ笑んだ。


「マルルカ、明日は、ソラニスの街に一緒に行こう。ただし、ちゃんと髪の色と瞳は変えるんだよ! いろんなところに行って、買い物をしておいしいものをいっぱい食べよう。

 オルトも一緒に行こう。君にもがんばったご褒美をあげないとね」


 アルさんは、オルトのほうにも顔を向けてほほ笑んだ。




「明日は朝早くからでかけるから、僕たちも今日は休もう」

 オルトにそう声をかけてから、席を立ち、「おやすみ」と手を振って部屋を出て行った。






 マルルカの部屋を出てからオルトはアルに声をかける。


「主様、何をお考えです?」

「明日のお楽しみさ。オルト、マルルカをよろしく頼むよ」

 オルトは一礼して、アルを見送ってから姿を消した。












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 ソラン聖国はエクレシアと言われるこの世界最大の宗派の神権国である。200年ほど前はソラン王国と呼ばれていた。時のソラン王が国の繁栄を進めようとして、東西のイストリアとガジスの両王国から支援を受けようとしたのだが、戦乱の地となって大国の属国となることを恐れたエクレシアの神職者が、王を討ったのだ。それ以来、ソランは聖国と名乗り、神の名の下、国の統治をしていた。


 エクレシア大聖堂のある都市ソラニスが、聖国の中心となっている。ソランに住む者すべてがエクレシアの信者ということはなく、他宗教の信者も少なからずいる。ソランは他宗教にも寛大で、エクレシア教と他宗教とでかかる税率が少し異なる程度だった。


 ソラン聖国が東西の交易の中継拠点にあることから、交易路を整備して旅の安全を守るのも、エクレシア教徒の聖騎士が中心として進めていた。それ故、世界最大の宗教へと発展していくのは当然の成り行きだった。


 ソラン聖国の中心都市ソラニスは、たくさんの商人が集まる場所だった。そしてエクレシア大聖堂があることからエクレシア教徒も世界中から集まり、いつも大勢の人たちで賑わいを見せていて、活気ある街だ。






 そんなソラニスの郊外南門のそばに、髪と瞳の色を変えたマルルカ、茶色の髪をいつもより伸ばして後ろに束ねているアルが、人の目に触れることなく降り立った。


「マルルカ、今日は君の行きたいところ、君のしたいこと、いっぱい叶える日だよ。夜は、がんばった成果を見せてもらおうと思って、ソラニス一番のレストランを予約しているから、楽しみにしていてね」


 アルさんは、本当にうれしそうな顔をしてマルルカに声をかける。



 ソラニスの南門からまっすぐエクレシア大聖堂へ向かってとまっすぐに大通りが通る。大通りの左右は世界中からやってくるエクレシア教徒に向けて、青い屋根と白壁で統一された大きなホテルや商会・大店が軒を並べている。ソラニスは緑豊かな美しい景観を成していた。


 その道をマルルカは薄いペパーミントグリーンのドレスを着てワクワクと飛び跳ねるように歩いていく。その後ろを金糸で縁どられたロイヤルブルーのマントを羽織っているアルさんがついていく。


 アルさん、ちょっとかっこいい!

 いつものラフな格好をしているアルさんとは違う姿を見て、マルルカは少しドキドキしてくる。


「アルさん、私、ソラニスに来るのが初めてなの! こんなにきれいな街だったのね。ハリーとデレクと旅をしていたときは、魔物退治をしながらだったから、こんなに大きな街を見たことなかった」


「マルルカ、言葉には少し注意しようね。2人はもう有名人だし、マルルカという名前もね」

 興奮しながら話すマルルカにアルは諭すように注意を促すと、マルルカは慌てて口を押える。



「マルルカという名前も、ちょっとまずいかな・・・・・・

 メメント・モリ・・・・・・モリーにしよう!! 今から、君はモリーだ」


「メメント・モリ? モリー?」


「死を忘れるな・・・・・・ ある意味、君にぴったりの名前だと思うけどね」

 そうだった。マルルカは死んじゃってたんだ・・・・・・ちょっとあたしは悲しくなった。




「よし! 朝ごはんにしよう、モリー」


 アルさんは、あたしを元気づけるように声をかけてくれると、大通りから外れて脇道へ逸れると、その道をどんどんと進んでいった。


 脇道をさらに逸れるように歩くと、大通りとは違った活気があふれている場所になる。ソラニスの人たちが暮らす場所だ。朝早くから開いている食堂やパン屋さんがあっておいしそうな匂いが漂っている。まだお店は開いていないけど、ソラニスの住民のための生活雑貨を扱う小さなお店も並ぶ地域だ。



「ここのハムサンドはとってもおいしいんだよ。モリーも気に入ると思うからね」

 アルさんは、お客さんでにぎわっている1軒のパン屋さんの前まで連れてきてくれた。


「これは、枢機卿様 おはようございます。何をお求めですか?」

 パンやのおばさんが、アルさんに枢機卿って声をかけている!?


 アルさんはハムサンドを2つ買ってくると、お店から離れたところで、マルルカに1つ渡した。


「すうききょう? アルさんは薬屋さんじゃないの? 枢機卿なの? あれ? お城に住んでる薬屋さんも確かに変だよねぇ」


「あぁ、この青いマントがね・・・・・・この世界で茶色のアルさんはエクレシアの枢機卿なのさ。そのほうがいろいろと便利だからね」


 また、アルさんがわからなくなってきた。枢機卿って教皇の次に偉い人だってオルトに教えてもらった。

 教会の枢機卿が、張りぼての魔王を作ったってこと???


「アルさん!! なんか変だよ!! なんで枢機卿のアルさ・・・・」

「マルルカ、少し黙って・・・・・・魔王を僕が作ったなんて誰も知らないことなんだから。

 もちろん教会も知らないことなんだよ。

 マルルカが生きてることを誰も知らないのと同じくらいの秘密なんだよ」


 アルさんは、あたしの口を手で塞いで、小さな声で言った。



 もしかして、あたしはとんでもない人と一緒にいるんじゃないんだろうか・・・・・・


「いいかい、マルルカ、 君は枢機卿の僕の親戚・・・、妹にしよう!!

 だから、とってもお行儀よくしなくっちゃ駄目だ。

 オルトにちゃんと教えてもらったでしょ? 


 僕の名前は、アルレオール・ヴァニタス、 君は、モリー・ヴァニタスだ。

 アルさんじゃなくって、ここではお兄様か、アル兄様って呼ぶんだよ。

 今から、君はちゃんと姿を変えられているのか、僕のテストを受けることになるんだからね」

 アルは、私に言い聞かせるように言う。


 ご褒美じゃなかったんだ・・・・・・ちょっと騙された気分になる。


 でもって、「あたし」じゃない、「私」に兄ができた・・・・・・

 でもって、茶色のマルルカちゃんは、少し大人の礼儀正しいモリー・ヴァニタスになった。


 アルレオール・ヴァニタス、一番若い枢機卿で名誉枢機卿だって、オルトに教えてもらったことを思い出した。




 おいしいって言ってくれたハムサンド、おいしいかどうか、わからないうちに食べてしまっていた。






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