第6話 ブリドニクにて(1)
マルルカはすっきりと目覚めた。
こんなに気持ちのいい目覚めは生まれて初めてだった。
寝ているときでさえ、無意識のうちに魔力が暴走するんじゃないかと思うと、不安でぐっすりと眠ることなんかできなかった。
知らないうちに誰かを傷つけたらどうしよう、大事なものを壊してしまったらどうしよう……
いつも、いつも、そんなことを考えていた。
焼きたてのパンのいい匂いがする。
お腹がグーって鳴った。
そういえば、あたし、ずっと食べてなかったよね。
そう思うと、急にお腹が空いてきた。
ベッドから起きて部屋の扉まで足を運ぶ。でも、このまま、自分の姿をさらしたまま部屋を出ていくことに躊躇した。
あたしの三角帽子もローブもない。他にこの姿を隠すものがないかあたりを探してみたけど、本当に何にもなかった。
どうしよう…… アルさんが来るまで待ってる?
でも、もう見られちゃってるし・・・・・・ お腹の中はからっぽ。
恥ずかしさより、空腹に負けた。
少し戸惑ったけれど、思い切って、そーっと部屋の扉を開けた。
扉を開けたとたんに、焼きたてパンの匂いがふわーっと漂ってきた。
「おはよう、マルルカちゃん! 朝だよ。
あれからまた眠っちゃったみたいだから、昨日は起こさなかったんだよ。
よく眠れたようだね。すっきりした顔をしてる」
アルさんが部屋から出てきたあたしの姿を見ると、ふわっと笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「あっ おはようございます。アルさん」
「お腹も空いたでしょ? 朝ごはんができてるから、顔を洗ったら一緒に朝ごはんにしようね。お腹に優しい野菜スープを作ったからね」
アルさんはそう言うと、水差しと清潔な手ぬぐいを渡してくれた。
一度部屋に戻り、洗面器に水を入れて顔を洗う。
アルさんのところにもどると、テーブルには、焼きたてパンとスープ、果物が並んでいた。
いい匂い!
おいしそうな野菜スープ。 いろんな野菜が小さく切ってある。
メザク様の激マズスープと色が違う!! あれはいったい何が入ってたんだろう?
森の匂いがする清潔で居心地のいい部屋だ。左側には台所、右側には、ソファと薪をくべる暖炉がある。
その向こうには扉が2つ。正面の窓と外に出る扉は開け放たれていて、森の木が見える。
芽吹いてきてるみたいで、枝がほんの少し紅色に輝いている。
春になったんだったなー。季節を気にすることなんか、今までなかった。
「マルルカちゃん、少しは魔力を開放できたみたいだね。その調子だよ!」
アルさんがニコニコ笑いながらやってきて、頭の上に手を置く。
「アルさんの手、とっても気持ちよかった。あったかくて、それに向けて魔力を向けてたら、ぽかぽかしてきて、気づいたら眠くなっちゃって」
「それでいいんだよ。君の頭の上にちょっとした印をつけといたからね。君の内側から外側に魔力を向ける感覚をわかりやすくしておいたんだよ。
その魔力を向けた感覚を忘れないで。それから、全身に魔力をめぐらせるんだよ。
手足の指先にまで丁寧に魔力を循環させていくイメージだよ。
しばらくは毎日その訓練だ。自然に意識しなくてもできるようになるまでね。
それが君の本当のあり方だから」
あたしの頭のてっぺんに印って…… 〇印とか×印とかつけちゃったのかな?
髪の毛もないから、その印が目立ってないかちょっと気になる。頭を触ってみた感じは何も変わっていなかった。ホッとする。
「うん、練習がんばってみる」
あたしはそう言うと、朝ごはんを食べ始めた。なんだかとっても優しい味がした。
「君の身の回りの物を揃えなくっちゃダメか。君の着ていたローブはもうボロボロだったから処分してもいいよね? いつまでも寝間着じゃかわいそうだ。
今日は、少し出てくるから、ついでに買って来よう」
「ごめんなさい。迷惑いっぱいかけちゃって・・・・・・
それで、あのう・・・・・・あたしお金も持ってなくって・・・・・・」
「大丈夫だよ。子どもが気にすることはないよ。
僕の買ってくるものが気に入ってくれたらいいけど。
まだ外には出せないからお留守番をしててね。果物とサンドイッチを置いていくからお腹が空いたら食べてね」
なんか本当に子どもに思われてるみたいだ。
ちゃんと見た目と違うとこわかってもらわなくっちゃ!!!
「あたし、子どもじゃない・・・・・・14歳です。
あたしにお手伝いできることありますか? 」
「今は魔力の開放!」といって、頭をポンポンする。
アルさんは、手早く片づけを済ませると、出かけて行った。
その間、あたしは、いいつけどおり、アルさん曰く、頭の印のほうにひたすら魔力を向けていく。
日が傾き始めた頃、アルさんは帰ってきた。
「気に入るといいけど・・・・・・」といって、水色のエプロンドレスを渡してくれた。
かわいぃ!!!!!! こんなのを一度でいいから着てみたかったんだ!!
両手で自分の目の前にドレスを広げてみる。
水色のスカートがふわっとしてて白いエプロンのフリルがかわいい。
そのドレスに自分の姿を想像したら・・・・・・
とってもうれしかったけど、悲しくなった。
あたしには似合わない。似合うわけがない。
かわいいエプロンドレスを持つ ぶつぶつとした汚い自分の手を見て、悲しくなった。
アルさんは、ドレスを持った手を力なく落としたあたしに気づくと、そっと抱きしめてくれた。
「マルルカちゃんに似合うと思って買ってきたんだからね」
あたしの表情に気が付いて、アルさんが優しく声をかけてくれる。
不安気にアルさんの顔を見上げると、そこにはニコニコしているいつものアルさんの笑顔があった。
「今度は一緒に行って、マルルカちゃんの好きなものを買おうね」
アルさんはそう言うと、ポヤポヤ産毛の頭をポンポンした。
初めて初めて着たかわいいドレスは、すごく恥ずかしかった。足も手もこんなに出るなんて!!
しばらくドレスの中に足を全部隠すようにして、ソファの隅に小さく丸くなっていた。
そんな様子を見ていたアルさんは、「とってもかわいいと思うよ!」と言って、頭をポンポンした。
アルさん、あたしの頭をポンポンするのが日課になったみたい。
それからおいしいごはんと毎日のポロ茶があたしの日課だ。
今のあたしには、心と体を落ち着かせるポロ茶が一番いいらしい。
そのうえ、お風呂にも毎日入れる!
ネモの花を調合したサボンで体を洗う。その後は、ネモの花が調合されたクリームをアルさんが魔力の循環がよくなるようにって全身にすり込んでくれる。
すっきりとした花のいい香りがする。
恥ずかしかったから自分でやるって言ったけど、「すり込む方向と方法があるから、最初は僕がやったほうがいいと思うよ。今はマルルカちゃんの魔力を補正する大事な時期だから」って言われたので、お任せすることにした。
アルさんは、ネモの花は魔力の流れを整えるから体のブツブツを早く治してくれるって言う。
まるでお姫様にでもなった気分で、ネモの花の香りにうっとりしてしまう。
あたしはおうちのお掃除を手伝ったり、庭先の薬草畑のお世話をしたり、できることはお手伝いするようにした。薬草のことを教えてもらったり、薬づくりのお手伝いをしてここで過ごすようになった。
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