第3話 魔王討伐後(2)
ドン!
地面に降ろされた衝撃でマルルカは目が覚めた。
月の明かりを頼りに、崖の上に立つ魔王城の黒いシルエットが見えた。
(朝早く魔王城に向かったはずだけど、1日中戦っていたのか・・・・・・
へとへとになっちゃうよね・・・・・・)
魔王城へ続く細く長く伸びる断崖の一本道を降りてきたところのようだ。
私たちを襲ってくる魔物もいない。
ゴォォォォーッ
谷底を吹く風の音が聞こえる。
魔王城への道は険しい峡谷をうねるようにあり、月の明かりでは谷底は全く見えない。
真っ暗で吸い込まれそうな闇の色が広がっているだけ……
月の優しい明かりが三人の足元を優しく照らしていた。
「お城を出たんだね。デレクごめんね。疲れてるのにここまでおんぶしてくれて」
マルルカの小さな声に、デレクは振り向いたけが何も言わない。
マルルカを見下ろすデレクの顔は月の光の陰になって、マルルカからは表情はよくわからなかった。
月の光を背負った黒いデレクの姿-
月の薄い光に映し出されたマルルカの表情も、大きな三角帽子に隠されていてよくわからなかった。
「マルルカ、預けてあったテントと食べ物を出してくれる?」
マルルカとデレクの少し前にいたハリーは振り返ってそう言った。
マルルカはコクンとうなずいて、テントと一緒に、すぐ食べられるパンと干し肉を、腰に括り付けている収納袋から出した。
(甘い果物……オレンジだったら、喉を潤せるかも……)
追加してオレンジを収納袋から取り出そうとしたけれど、出すのもおっくうなくらい、体がだるかった。。
「食料は全部出してくれるかな?」
「全部? この量じゃ足りなかった? でも全部っていうと1週間分くらいの量だけど……
元の道をたどれば、最後に寄った馬を預けてある村に着くのに間に合うくらいあるよ?」
「いや、そうじゃなくて…… 俺たちが持つからさ」
「魔力がなくなっても収納袋は使えるし、重さもないから大丈夫だけど」
マルルカは、そう言いながら、言われたとおり持っている食料を全部とりあえず収納袋から出すことにした。
もう手を動かすのもいやになるくらいに力が入らなくて、ときどき手を止める。
そんなマルルカの様子を、ハリーとデレクは何も言わずに、ただじっと何の表情を浮かべることなく見ていた。
(あたしの魔力が空っぽになることなんか一度もなかったから、すごく心配されてるのかもしれない。
本当にすっからかんだから簡単には回復しないのかもしれない)
マルルカの魔力はまったく回復してこなかった。
魔力を使い切ったことだって一度もなかったけれど、マルルカにとって、こんなことは初めてだ。
手にしていたリンゴでさえ、重くて片手で持ち上げられないくらい、力が入らなくなってきた。
先に体力を少し回復させたほうがいいかもしれない・・・・・・
「ハリー、さっきのポーションを1つ分けてもらえない? ほとんど体力もなくなってしまってるから、魔力がさっきからぜんぜん回復してこないの・・・・・・。
ここで野宿をするにしても、少し底上げをしておいたほうが、断然回復いいと思うし・・・・・・」
「マルルカ、これから死んでいく奴にポーションは必要ないだろ?」
マルルカが言い終わらないうちに、ハリーは言葉をかぶせてきて、あたしを嘲るように言った。
ハリーは何を言ってるの?
死んでいく? ・・・・・・あたしが?
質の悪い冗談?
「ハ・・・リー?」
無理に笑顔をつくろうとしたマルルカだったが、顔がこわばって笑顔にならなかった。
ハリーとデレクには、醜くゆがんだ魔物のような表情が浮かんでいるようにしか見えなかった。
「マルルカはもう必要ないのさ。魔力タンクでしかない醜い化け物は俺たちにはふさわしくないんだよ。
なぁ、デレク?」
「マルルカ、悪りぃな。お前には感謝してるんだぜ。
若い賢者なんかいねぇからよぉ。あらゆる魔法を使える賢者様でも、ここまでこれる体力のある奴なんかいねぇからな。賢者様は年寄りばっかりだからなぁ」
アハハハハ ハリーとデレクは笑いながら話す。
「デレクの言う通りだよ。賢者はいろんな魔法が使えても、それを使い続けられるだけの魔力はだいたいがないからねぇ。彼らはいつでも偉そうにもったいぶって魔法を使うのさー
メザクには本当に感謝しているよ!
あいつを連れてきたって、高価な魔力回復ポーションを大量に消費されるのがオチだったね!
普通は魔王討伐隊を組んで、魔王城を目指して進んでくるんだよ。
いくら俺たち二人が強くても、俺たちだけじゃ絶対来ることなんかできなかった。
それを1年で奴を倒せたのも、マルルカの魔法のおかげだよー。
本当にすばらしいよ、マルルカは! 」
「魔王がいなくなった世界なら、魔力タンクのマルルカの出番はもうないだろ?
これからは平和で美しい世界になるんだから、美しくない奴には生きにくい世の中になるから。
俺たちがきれいにお前の役割を終わらせてやるんだよ。」
「嘘…… 何言ってるかわかんない……」
マルルカの体の力が一気に抜けて、手にしていたリンゴがコロンと転げ落ちた。
しゃがみ込みうつむいているマルルカに、ハリーは自慢のきれいな顔を近づけて言葉を重ねる。
「嘘じゃないよ。
それにさ、報奨金は3人より2人で分けたほうがいいだろ?
でも、マルルカには本当に感謝してるんだよ。
たださー これから俺たちは、魔王を倒した勇者として世界中で憧れられる存在になるんだよ?
そんな憧れの存在が醜いちんくしゃっておかしいだろ?
心配することはないからね。愛らしく可憐な伝説の賢者にしてやるからさ!
勇者になるボクたちが、マルルカの命を懸けた戦いで世界を救ったことをちゃんと伝えてあげるからね」
マルルカに返す言葉が見つからなかった。声にならない。
ハリーは、いつもの爽やかな笑顔をマルルカに向けている。
月明かりに浮かんだその笑顔は、まがい物のようにきれいに見える。
「 じゃあね。本当にさよならだ。マルルカ・・・・・・」
とびっきりの自慢の笑顔をマルルカに贈ると、すっと立ち上がり、デレクのほうへと顔を向けて深く頷いた。
「俺が、とびっきりの美少女の賢者様にしといてやるからな!」
デレクは、ハリーに応えるかのようにそう言うと、マルルカを抱き上げて、崖っぷちまで連れて行き降ろした。
ゴオォォォーッ
谷底を吹いている風の音は、マルルカを手招きしているようで、聞いているだけでそのまま吸い込まれそうだった。
「お前の魔力がからっぽで本当によかったぜぇ、賢者様は簡単に死んでくれないからよぉ。
さすがに、お前の血を見るのは目覚めが悪い・・・・・・」
ハリーよぉ、マルルカの最期は一緒に見送ってやろうぜ。・・・・・・谷底にな~」
「あぁ、ありがとう マルルカ」
「じゃあな マルルカ」
二人はそう言うと、マルルカを思いっきり谷底へと蹴飛ばした。
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