神様の余命4

 その言葉に真口様の優しさを十分過ぎる程に感じた私は感情のまま彼に抱き付いた。一杯に広げた両手を首に回すが半分程にも満たない。でも私は顔を埋め全身で強く抱き締めた。そんな私に真口様の顔が頬擦りするように優しく触れる。もしかしたらその行動は彼が弱っている証拠だったのかもしれない。もしくは私と彼との間に信頼という橋が架けられた証か。それともその両方か。


「でも大丈夫。私が助けてあげるからね」


 真口様は何も言わなかった。多分、そんなことは出来ないと思っていたんだろう。

 それと最初に真口様が千代さんのお墓を探していたのは、彼女に会いたかったからなんじゃないか。改めてその話を思い出してみて、今更ながらにそう思った。もしそうならあの時、私一人ででも探してあげればよかったのかも。なんて本当に今更な事を思う。子どもの私一人でどうにかなるかも分からないのに……。


「そう言えばて……」


 すると真口様はハッとしたような声を零した。その声に私は彼から離れ顔を合わせる。


「どうしたの?」

「いや、ただあ奴が大きな仕事と言って数か月程だがここに来なかった時があったのだが――その後、戻ってきた時に妙な事を言っていたのを思い出しただけだ」

「どんな事?」


 ただの好奇心でそれを尋ねると真口様はその時の話をしてくれた。




「私、陰陽師を引退することにしたわ」

「そうか」

「それでこの島で暮らすことにしたの」

「そうか」

「嬉しそうで何よりね」


 千代さんは皮肉たっぷりにそう言った。


「理由でも訊いて欲しいのか?」

「別に。でも言っておくことがあるの。――もしかしたらいずれあなたの力が必要になるかもしれない。だからこの封印は予定より長く持続するようにしたわ。周りの森を大きく取り囲んで結界を張った。生き物の侵入を拒む強力なやつをね。それでこの封印から漏れ出す力を抑えることが出来る」

「どういうことだ?」

「その時が来れば分かる。来ない事を祈ってるけど。もし来なかったら忘れて。でももし来たら誰かがこの封印を解くかもしれない。未来の事だから私は確信的な事は言えないけど。――でもその時はよろしく、とだけ言っておくわ」

「一体何を言ってる?」


 だがそれに対して千代さんからの説明は無く彼女はただ微笑んだだけだった。





「ずっと忘れていたが一体何のことを言っていたのか――今でも分からん」


 真口様でさえ良く分からないような事を幼い私が分かるはずもなく好奇心は微妙な形で消化された。


「それから言葉通りこの島に住み始めたらしくてな。毎日のようにここへ来ていた。だがそれも結婚してからはほとんど来なくなったがな」

「寂しかったの?」


 洞窟の出口へ現実じゃない遠くを見るような目を向けた真口様を見て何となくそう思った。だけど彼は目を閉じ、ふんと鼻を鳴らした。


「いや」


 その小さく振られる首と行動を共にした端的な言葉が本音かどうか私には判断できなかった。だけど今はそんな感情を抱いていないだけなのかもしれない。もしあったとしても彼はそれが和らぐには十分過ぎる時を過ごしたはず。


「さあもういいだろ。儂は寝る」

「うん。またね」


 私は最後にもう一度、真口様に抱き付いてから洞窟を出て行った。


 次の日。細かな約束はしていなかったが気になって遊ぶどころじゃなかった私は当然の如く神社へと向かった。だがそこにはそんな私の思考などお見通しと言うように寿々木さんが待っていた。


「おはよう。それじゃあ昨日の続きといこうか」


 そして昨日同様に私たちは鍵を探す為に森へと入った。相も変わらず寿々木さんは手を握り――もしかしたら本当に私を心配していたのかもしれない、なんて思いそうになるぐらい相変わらずだ。

 だけどやっぱりいくら探せど鍵は見つからない。そのまま時刻は昼を過ぎ私は一度、家に帰ってお昼ご飯を食べそれからまた続きの為に森へ。その間も寿々木さんはずっと探していたようだ。

 一時離脱しまた参加して数時間。昨日からずっと探し続けてるけど、多分森の半分も探しきれてないと思うけど、まだ見つからない。

 でも昨日、真口様と会って会話をしたおかげかまだ私は彼の為により一層頑張ろうと思えていた。足場の悪い森を歩き回り、枯れ葉や草を掻き分けてみたり、石をひっくり返してみたり、木の根と地面に出来た隙間を覗いてみたり。昨日も手を抜いていた訳じゃないけど、昨日より必死に鍵を探した。

 だけど気持ちがあっても体の疲労は止められない。疲れてしまった私は傍を流れていた川の畔に腰を下ろし休憩していた。汗をかく程に熱を溜め込んだ体に水筒の冷たい麦茶が染み渡る。


「すぐには見つからないと思ってたけど、予想より大変そうだ」

「でも私が助けてあげないと」


 それは使命感と言っても過言じゃない強い想いだった。自分に責任がある分より強くなってるかもしれないけど、でももし封印を解いたのが私じゃなくても真口様の為に同じぐらい必死に探してたと思う。どうにかしてあげたいと思ったはず。

 まだ体を休めていたかったがそんな気持ちに突き動かされ私は立ち上がった。


「もう少し休んでからにしたら?」

「ううん。早く助けてあげたいから」

「そうだね」


 私が頑張ろうとしているからか寿々木さんは立ち上がり一緒に探すのを再開してくれた。私よりも長い時間探してくれてるのにも関わらず疲れている様子はないのが凄い。

 それからは夕暮れになるまで休まず探し続けた。ずっと足を動かし辺りを見回し注意深く。だけどまるで私たちから逃げているように鍵は一向に見つからない。


「もしかしたら僕が間違ってたのかも」


 寿々木さんが突然そんな事を呟くように言うもんだから私は探す手を止め彼を見上げた。少し遅れて彼が私を見返す。


「もしかしたら無いのかも。もしくは何かしらの理由で無くなったとか。彼女はとても力を持って備えも万全にする陰陽師だったから信憑性はあると思ったけど、ここまで探して無いとなると――どうだろうね」

「じゃあ助けてあげられないの? このまま死んじゃうの?」


 死んじゃう。私は無意識的にその言葉を選んで口にしていた。寿々木さんは最初「消えてしまう」と私を気遣ったのかそう言ってたけど、私はそれは死んでしまう事だと認識していた――と言うより理解していたのかもしれない(神様が信仰心を得られず消えてしまう事を死と表現するのが正しいかは分からないけど)。


「もし無いなら……。僕には他に彼を助けてあげる方法が思い当たらないんだ」


 重々しく申し訳なさそうな表情を浮かべる寿々木さんのその言葉は、私に真口様の死をより強く感じさせた。同時に足元から徐々に水位が上がる感覚で段々と真口様の死に対しての不安や恐怖が私を満たしていく。真口様を助けられない。でもそれをそう簡単に認めれるはずがない。


「助けるって言ったもん!」


 私はそんな感情から目を逸らし鍵を探そうと動き始めた。だがそんな私を寿々木さんは腕を掴み止めると自分の方へ振り向かせた。しゃがんだ彼と同じ目線で顔を見合わせる。


「大丈夫。まだそうと決まった訳じゃない。でも頭には入れてて欲しいんだ。そういう可能性もあるって。分かった?」


 無言のまま私は一度頷いた。


「ならよかった。それとちょっと別の方法を試してみようと思うだけどいいかな?」

「うん。どんな?」

「それじゃあ、ちょっと手を出してみて。両手をこう合わせるんだ」


 寿々木さんは両手の皺を繋げるように手を隣同士に並ばせて見せた。それを私も真似、体の前で両手で器を作る。


「次は目を閉じて」


 言われた通り暗闇の世界へ。

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