神様の余命3

 足音の反響する洞窟を進み灯りが点るとそこで真口様は眠っていた。いつもと変わらぬようにも見えるその姿に私は少しホッとした。

 そしてその傍へ近づいて腰を下ろし寄り添うように凭れると、彼の閉じていた目がゆっくり開き始める。


「大丈夫?」

「問題ない」


 そう答える真口様は今朝よりは平気そうだったがやっぱり最初の頃よりは元気がない。その姿を見ていると寿々木さんの話を思い出し、自責の念を微かに感じてしまう。


「ごめんね。私のせいで」

「――どの道こうなっていた。それが遅いか早いかの違いだ」


 全てを見透かしているか――でも真口様のその声は私を慰めるようにとても優しく感じた。


「でも私が――」

「儂を封印した天笠千代という奴は、強力な力を有した人間だった。儂はあ奴に抵抗することはなかったが、もししていたとしても結果は変わらなかっただろう」


 すると真口様は急に昔の話を始めた。天笠千代の話を。突然に一瞬なんだと思いはしたが、私は黙ってその話に耳を傾けることにした。


「そんなあ奴は封印後も毎日のようにこの場所へ来ていた。今のお前のようにな。この場所に来ては一人で色々と話をしていた。儂は聞いてなかったがな。だが毎日のように来ては儂の反応がなくとも話をして帰る。時には朝から晩までずっといる時もあった。だから流石の儂もある時、尋ねた」




 壁に凭れて座る狩衣に身を纏った千代さんはこの日も何かしらの話(真口様は聞いてなかったらしいから何の話かは分からない)をしていて、真口様はその前で寝そべり目を閉じていた。

 だけどこの日は彼女の言葉を遮り真口様はこう尋ねた。


「何故、ここへ来る?」

「あら。初めて返事をしてくれたわね」


 言葉の後、千代さんは「ふふっ」と声を出して笑った。


「儂を封じ、お前の仕事は終わったはずだ」

「そうね。仕事は終わったわ。だからこれはただの私事」

「何が目的だ?」


 そう言う真口様に千代さんは噴き出すように笑った。


「目的?」


 そして口元に指を当て「んー」と数秒わざとらしく考えて見せた。


「そうね。強いて言うなら会話を楽しみたいわね。こうやって」


 そんな彼女に対する抵抗か真口様は何も言わず顔を逸らす。


「まぁ、素敵な対応どうも。――それじゃあ私からも質問をしようかな。どうして突然村の人たちを?」


 少しだけ間を空けてから真口様の顔が再び千代さんへと戻った。


「あ奴らはこの島に害をもたらす。それだけだ」

「具体的には?」

「それは知らん。だがあ奴らがこの島に何かしらの害をもたらす事は分かる。そこに理由はない」

「それはあなたが神様だからね。でもその害は殺してしまわなければならない程大きなものなの?」

「そうだ。でなければ大勢が死んでいた」

「そのことを村の人には?」

「無駄だ。既にあ奴らの中には疑心が生まれていた。そこまで膨れ上がった疑心はやがて信仰を喰らう。それに別にどうでもよいことだ。あれが原因であ奴らが儂への信仰を失い、儂を消滅させようとも。興味はない」


 それは強がりなどでもなく本心から興味がなかったらしい。だからきっとその声で景色を描けば酷く殺風景になってしまう程には素っ気ないものだったのかもしれない。

 でもそんな彼に対し千代さんは感情に溢れた色鮮やかな、少々大袈裟かもしれない反応を見せた。


「驚いた。あなたは消えてしまってもいいの?」

「構わん」

「そう。でも結果はこれね」

「いや、本来ならばこれではないはずだ」


 真口様の睨むような眼つきは真っすぐ千代さんを貫いた。


「何故このような事をした?」

「それはどうして退治の依頼をされたのにも関わらず封印をしたかって事を訊いてるのかしら?」

「そうだ」

「まずひとつ。正式な依頼は封印よ。話を貰い調査をし交渉した末に正式な依頼が出された。だから依頼は封印。まぁ、それは私がこの村じゃ支払えないような額を提示したからなんだけどね。じゃあどうしてそんな事をしたのか」


 話しを止めた千代さんは壁から離れると地面を四つん這いで真口様の傍まで歩み寄った。


「私にはあなたが神の役割を放棄し零落するようには見えなかったから」

「何故そう言い切れる?」

「陰陽師の勘ってやつね。それも長年培ってきた、ね」


 結構当たるのよ、そう言いながら彼女は元の場所まで戻るとまた壁に背を預けた。


「そしてその勘はやっぱり当たってたみたい。ここに来るたびにそれは実感するわ」


 それに対する真口様の返事は無く彼女の声の残響すら消えてしまうと洞窟内は暗闇のように静まり返ってしまった。

 だけどすぐに別の言葉に姿を変えた千代さんの声が縦横無尽に洞窟を飛び回り始めた。同時に彼女の視線が自身の脚を見るように落ちる。


「私、一人っ子なの。だから天笠家の後継者は私しかいなかった。それに自分で言うのもあれなんだけど素質もあったから。それで私は子どもの頃から陰陽師として天笠家の人間としての教育をずっと受けてきた」


 それはまるで真口様がしているように突然始まった昔の話。


「でもその所為で私は屋敷の外の人間とは一度も関わったことは無い。もちろん仕事以外でって意味なんだけど。天笠家は実力主義で後継者を選んできた。当然、術を扱い悪しき存在と対峙する訳だから精神面も必要なんだけど大部分は力。だから天笠家はその実力に絶対の自信を持ってて、それでそれ以外の評価を受けないようにって秘密主義になっていったらしいわ。話によると昔ある当主が女性であるという理由で実力を疑われたのが姿を隠し始めた事の発端らしいんだけど。――とにかく私は兄弟も姉妹もいなければ……言う迄も無く双子もね。両親は物心が付いた頃には私を既に次期当主としてしか見てなかった。使用人とも殆ど顔を合わせられないし会話なんて無いも同然。外部の人間とはまず関わる事は許されないし、あっても依頼人との手紙によるやり取り直接会っても筆記でしか伝えられない。だから私はずっと一人ぼっちっだった」


 彼女は寂しげな声で呟くように言うと少し口を噤んだ。

 そして再び口が開く前に彼女の視線は真口様へと向けられた。


「……でもあなたは違う。――あなたは人間じゃないし、今はこうやって封印されて外部から絶たれてしまってる。だから私が姿を見せ素の状態で話しをしても何の心配もないってわけ。それが私がここへ来る理由。こうやって何も考えず話しをするのが楽しくってね。それにあなたといるのは気楽でいいわ。ここにいる間は陰陽師天笠千代じゃなくてただの、一人の人間でいられるから。――もしかしたら私はあなたが退治されるような存在じゃないと思ったその瞬間からこうなることを望んでいたのかもしれない。神と信者でも神と人間でもなくて、何でもない。強いて言うならただの生命体として話しが出来ることを」

「儂を生命体と呼べるかは疑問だがな」


 ふふっ、千代さんはそんな返事に楽しそうに笑った。


「そうかもね。だけどそこは重要じゃないからどっちでもいいわ。――でもさっきのあなたの口ぶりだと私は思ったより迷惑な事をしちゃったみたいね。こんな時間も無い切り取られた空間に閉じ込めて、簡単に言っちゃえばあなたの時間を止めちゃってる。もしかしてあなたはさっさと神なんて止めたかった?」

「どっちでも構わん」

「そう。――でもいずれはこの封印も消滅するわ。私はあなたをずっと封じようとは思ってないの。時間が経過して人が変わればあなたをもう一度信仰する人々が現れると思う。でもそれもあなた次第なんだけどね。だからこの封印は徐々に弱まっていく仕組みにした。大丈夫、封印が解けてもしばらくは存在を維持できるようにしているから時間はあるわ。あまり多くはないけどね。――でもいい?」


 すると千代さんは指を一本立て少しだけ前のめりになった。


「まずは歩み寄る事よ。神と人は一方的な関係性じゃない。互いに支え合ってるの。与え、与えられてる。それを忘れちゃ駄目よ。ここみたいに小さな場所では特にね。まぁ神とじゃなく人間同士もおんなじなんだけど」





「それからも奴は儂の元へ飽きもせずやってきた。――つまり遅かれ早かれこの封印は解けるわけだ。そして儂はもう一度神になるつもりはない。封印が解ければ後は自然とこの体が消えるのをここで待つだけのはずだった」


 そう言うと真口様の目だけが動き、私を見下ろす。


「多少、予定とは違ったがな。でもこれは決まっていたことだ。遥か昔からな。だからお前には関係ない」

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