探しモノ3
それは神社を出てから少し歩いた場所で、神主さんの言う通りお墓が見えてきた。それはまるでその落ち葉一枚にでさえ神様の意志が宿っているかのように、程よく自然と共存とした立派なお墓だった。
「こちらに真口神社を任されてからの天笠家の人間が眠っています」
神主さんはそう言うとずらり名前の並んだ墓誌へ足を進めた。
そして指でなぞりながら真口様の言った千代という名前を探し始める。
だが指先が最後の名前へ到達しても声は上がらなかった。
「やっぱり無いみたいですね」
「そうか」
そう言う真口様は表情自体は変わってなかったが声はどこか落胆した様子だった。そしてそのままお墓へと近づいた真口様は顔を合わせるようにしゃがんだ。
「この天笠は陰陽師の血筋か?」
「えぇ、よくご存じですね。表立って有名というわけではありませんがその道の人たちにはよく名の知れた、古くから受け継がれる由緒ある家柄だと聞きます。ですがこの島へ移り住んだ以前の正式な記録は残されていません。それどころか天笠家に関する情報は何も」
「ならばなぜその天笠だと分かる?」
「簡易的ではありますがその旨を伝える、この神社で最初に管理を始めた天笠晴通の文書が残されていたこと。そして天笠晴通が管理を始めたのと当時の天笠家当主であり唯一の継承者が姿を消した時期が重なるからですね。これはうちに残されたもの以外の複数の資料から分かった事なので間違いないはずです。ちなみに当時の天笠家当主であり唯一の継承者というのは、子どもが一人しかいなかったからです。そしてこの場所で管理を始めたという記録の時期以降、どの資料からも天笠の名を見つけることは出来ませんでした。なので天笠家が代々人前に出る際は全身を覆い声も出さず性別すら明らかにしない程の秘密主義だとしても、天笠晴通がその当主でほぼ間違いと僕は思ってます」
流れるように説明をしていた神主さんは言葉を一度止めると少し顔を曇らせた。
「でも一つ気になる事があるとすれば、真口神社で封印の管理をする事になった理由がはっきりしてないことぐらいですかね。確かに封じるのは困難ではありますがその封印の管理に関して言えばそのように力を持つ陰陽師でなくともできますからわざわざこの島に移り住んでまで見張っておく必要は本来はないんです。言葉は悪いですが、ましてやこのような小さな島になんてね」
「そうか」
真口様は呟くような声でそう言うと晴通の名を見つめながら指先で二度軽く叩いた。
そしてその後、立ち上がると顔を神主さんへ。
「だがここにはいないようだ」
「そうみたいですね。残念ですが」
それから私たちは真口神社へと戻った。神主さんの(当時の私にとっては)難しい話はよく分からなかったけど結局、ここにも真口様の探している人はいないってことは理解できていた。
「もしかするとその方はこの島の外に行ったかもしれないですね」
「もう他にはないの?」
「この島は小さな島だからね。あの場所は僕らの個人的なお墓だから他のお墓は真口寺だけだよ」
私へ視線を落とし返事をした神主さんはもう一度、視線を真口様へ戻した。
「では僕はこれで。もし何か聞きたいことがあったらいつでもどうぞ」
最後に会釈をし神主さんは仕事へ戻って行った。その背中から私は真口様へと視線を移す。
「どうするの?」
完全に何をしていいか分からなかった私はそう真口様へ次の行動を丸投げした。
「少し考える時間がいる」
「私いい場所知ってるよ。ついて来て!」
真口寺へ向かう時から今まで結局のところ何も出来ていなかったからついに役に立てる気がして私は少し舞い上がりながら階段を下り始めた。
そんな私を先頭に真口様と向かったのは、海。実は海辺に誰が建てたのか分からない屋根付きバス停のような物があるのを遊んでいる時に見つけたのだ。日陰に包まれながら海を眺められて落ち着けるとてもいい場所。ただ少しその建物が古く時折、不安感が漣のように押し寄せてくるのが痛いところ。
でもいい場所に変わりないその場所へ私は真口様を連れて行った。ベンチに腰を下ろした私は水筒を傾け、その隣で真口様は真っすぐ海を見つめている。
「真君も飲む?」
「必要ない」
私はそう水筒のコップを差し出したが真口様は海への視線を動かさぬまま一言で断った。
それから真口様は何かを言う事も無くただ海を見つめていた。その横顔へ時折目をやっては一体何を考えているのだろうと思ったがそれは私の思考の及ぶものではなかった。ましてや子どもの私など猶更に。
「あ奴の言う事が本当なら晴通とは誰だ?」
すると真口様は小さな声でそう呟き始めた。あまりにも真剣に考えていたせいで口から思考が零れ落ちたのだろうか。
「天笠は一人。だが千代という女と晴通という男。二人の天笠が存在していたことになる」
「一人だけど二人で。でも本当は一人。だけど二人いる?」
隣で真口様が勝手に呟いたからこれは盗み聞きじゃない。
それはさておき、私は少しでも力になろうとしたのだが当時のまだ幼い頭では全くもって意味不明だった。矛盾する事実をまとめようと口にするだけで頭がショートしてしまいそうな程に。
「その可能性は十分にある」
だが横目で私を見下ろす真口様は私が意図しない何かをその言葉から受け取ったようだ。
「どういうこと?」
「天笠が二人いないのが事実なら――」
すると真口様は何かを思い出した様子を見せ言葉を中断させた。
だがそれはほんの一瞬だけですぐに止まった口が動き始める。
「いや、それは事実だ。天笠は一人。なら千代と晴通は恐らく同じ人間だろうな」
「でもお名前は違うよ?」
「名前などたんなる名称にすぎん。実際には存在せず不安定。偽ることなど容易い。だが気になりはしたが晴通という人間が何者だろうとどうでもいい。あの墓に千代はいない上にどこにいるのかも分からん。それが事実だ」
「でも同じ人ならお名前あったよ。あのお墓に」
「晴通の名はあったが千代はあそこにはいない」
「どうして分かるの?」
私は小首を傾げながら尋ねた。もし晴通さんと千代さんが同じ人間ならお墓に晴通さんの名前があれば千代さんもいることになる。なのに真口様はいないと断言した。その理由がよく分からなかった。多分、大人の私がその場で話を聞いていたとしても同じ質問をしたと思う。
「儂には分かる」
でもその言葉を残し真口様はまた黙って海へ視線を向けた。
寄せては返す波の音とどこからともなく聞こえてくる蝉の声。それから夏音の中で暫くの間、真口様が考え終わるのを待っているとそれより先に声がひとつ、背後から聞こえてきた。それは夏音とは関係無いが私にとっては夏という季節と深い関係がある声。
「おやおや。こんなとこで何してるんだい?」
声の後、後ろを振り返ってみるとそこには祖母が相変わらずの笑みを浮かべ立っていた。
「真君と探し物してるの」
私より少し遅れて振り返った真口様へその言葉を聞いた祖母は視線を向けた。
「おや、見ない顔だね。それに今時、和服なんて中々に風情のある子だ。どこの子だい?」
「あっ! ばぁば。ばぁばは天笠千代って人知ってる?」
これは我ながらにいいタイミングだったのではないだろうか。実際、そんな風に思わず自賛しても許されるぐらいの結果は出したのだから。
「天笠千代? 初めて聞く名前だね。でも天笠って言ったら話してあげた真口神社の神主さんがそうだからそこの家の方かもしれないね」
祖母はそう言って真口神社のある方を指差した。
「ううん。聞いたけど違うって」
「そうなのかい?」
それは困った、そう聞こえてきそうな表情で小首を傾げる祖母。やっぱり知らないのかもしれない。
「それじゃあ、もしかしたら外からこっちに嫁いできた人かもしれないね。だから苗字が変わってしまって分からないのかもしれないよ」
「ばぁばも外からとついできたの?」
嫁ぐという意味を知らないくせに私は祖母にそんな質問をした。恐らく覚えたての言葉を使いたいというあれだろう。
「ばぁばはこの島の人間さ。でもじいさんと結婚して今の乃蒼ちゃんと同じ鳴海になったんだよ。それと同じようにその人も変わっちゃったのかもしれないね」
「なるほど」
祖母の声の後、隣から辛うじて聞き取れる真口様の声が聞こえ、顔を向けるとすれ違うように彼は立ち上がった。
「助かった」
そして祖母に一言言うと真口様はそのままどこかへ歩き出してしまった。
「あっ、待って私も行く」
「二人共気を付けるんだよ」
その姿に慌てて立ち上がり走り出した私を祖母の声が見送った。
特に急ぐ様子もなく歩く真口様の隣へあっという間に並んだ私は、真っ直ぐ前を向く彼の顔を見上げここまで抱き抱えてきた疑問を手渡した。
「次はどこに行くの?」
「戻る」
「どこに? あのお寺? あっ、神主さんのとこだ!」
「洞窟だ」
「もう帰っちゃうの?」
「そうだ」
「どうして?」
「さっきの若いのの言葉で思い出した」
「何を?」
私はそう訊きながら祖母が若いのと呼ばれていることに違和感を覚えていた。だって私からすれば祖母は二倍や三倍じゃ利かないぐらい年上の人なのだから。
でも確かに神様からすれば百にも満たない祖母はまだまだ若い部類に入るのかもしれない。彼が一体何度、月の周期を目にし、四季を味わってきたかは分からないけど、祖母と真口様は私と祖母以上の歳の差があるのだろう。
そんな巨大過ぎるモノというのは、頭では分かっていても感覚で理解するのが困難なものだ。まるで宇宙が百三八億歳だと言われてもピンとこないように真口様の時の流れも未だによく分からず、そこにはただ不可解な感覚が残されているだけ。恐らく私はこれを一生理解する事が出来ないんだろう。別にそれでも支障はない訳だけど、どこか少し残念だ。
「昔、あ奴が婚約すると言っていた事をだ。相手の名を言っていたとは思うが覚えてない」
「ママがちゃんと人の話は聞かないとダメだって言ってたよ」
図星でも突いてしまったのだろうか、真口様は私を少し横目で見つめてから口を開いた。
「……そうだな。兎に角、確実ではないが千代はこの島の人間と結婚し天笠ではなくなった。だが天笠として儂の封印の管理は続けた。何故、名を変えたかは知らんがな。というよりどうでもいいことだ。そして天笠でなくなった奴は恐らくその者と同じ墓に入った。天笠の墓じゃなくてな。つまり――」
すると真口様は突然、言葉を途切れさせ何やら考えるポーズを見せた。
「だとしたらあの男がその末裔か」
多分、私を他所にしているであろう小ささでそう呟くと真口様は横目で私を見下ろした。彼の瞳と目が合うと「何?」と首を傾げて見せる。
「いや、何でもない。つまりその墓を見つけ出すのは手間がかかるというだということだ。だからもういい。それにあ奴はとうの昔にこの世を去っている。墓を目の前にしたからといって何かある訳でもない。だからもういい」
別にその横顔が寂しそうに感じたという訳ではないが何故か私は、彼を楽しませてあげたい思った。
だから真口様の手を取ると彼の向かう方とは別へ足を出した。そしてそんな私の行動に(意外だったんだろう)若干ながら吃驚としている彼に一言。
「じゃあ遊ぼ!」
でも(もちろん先程の事も嘘ではないが)今思えばそれはただ単純に私が遊びたかったというのが大きかったのかもしれない。
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