第二章 探しモノ

探しモノ1

「神様はどこか行きたいところないの?」


 疎らな木漏れ日を全身に浴びて朗らかな気分になりながら私は後ろの神様にそんな質問をした。久しぶりに外へ出たのならそんな所があるのかもしれない。そう思ったから。だって一年ぶりにここを訪れた私でさえ色々と行きたい所があるのに(と言っても私はその場所に行きたいというよりはただ遊びたいという部分の方が強かったわけだけど)。

 そんな私の質問に神様は少し間を空けてから答えてくれた。


「ひとつある」

「どこ?」

「墓だ」


 その言葉の場所がどういう場所なのかぐらいは子どもの私でも分かっていた。亡くなった人が眠る場所で、そこに行く多くの場合のは親しい人がそこにいる場合だという事も。

 でも父方の祖父母も母方の祖父母もまだ健在だった私にとってその実感はない。


「じゃあ一緒に行こうよ」


 これに関しては別に面白半分とか遊び気分の不謹慎な気持ちで言った訳じゃない。ただ一緒に遊んでくれた神様に対してのお返しのようなものだ。当時は当然ながらそんな事は意識してなかったけどやはり人間は貰ってばかりではいられない生き物なのかもしれない。それともバランスを取ろうという働きが生物の自然体としてあるのか、優しさを貰えば同等かそれ以上の優しさを返したくなるものなんだと思う。

 だから私もそういう風に遊んで貰ったお礼をしようとしたんじゃないだろうか。

 そんな私へ視線を向けた神様はまた少しの間だけ黙った後でゆっくりと口を開いた。


「いや、それがどこにあるのかも知らん」


 神様でも知らない事があるのか。そう思うと私はどこかその言葉に親近感を覚えた。


「じゃあ一緒に探そう!」


 正直に言おう。これに関しては少し――いや、かなり探検要素を感じて楽しくなってしまっていた。それはもう彼の返事を聞く前に立ち上がり背中に乗ってしまう程に。


「早く! 早く!」


 急かす私に対し一度大きく溜息を零した神様だったけどそれ以上は何も言わずゆっくりと立ち上がると来た道を戻り始めた。

 今思えば私に振り回され面倒臭さかっただろうにわざわざ付き合ってくれて、やっぱり神様っていうのは総じて懐が深いのかもしれない。

 そして今度は休憩なしで一気にあの洞窟前まで戻ってきた私と神様。でも私はそこである重要な事に気が付いた。


「あっ! でもこのままだったら神社のおじさんに見つかって怒られちゃうよ。だって私、入っちゃダメって言われたのに入っちゃったし……」


 大分遅れたがここにきてやっと私の中で神主さんの言いつけを破ったという罪悪感が涌き始めた。

 だがそれよりも大きかったのは、それがバレて怒られるのが嫌だという感情。子どもも大人も誰だって怒られるのは嫌なはず。ひょっとするとこれは世界の真理なのかもしれない。


「問題ない」


 だが背中の上で私が一人、憂愁の色を浮かべているとそう言った神様は降りろと言うようにその場にしゃがむ。とりあえずそれに従い私は文字通り地に足を付けた。

 そして私は振り返り見上げ、その間に神様は立ち上がった。一体何をどうするのか。そう思いながらただ彼を見つめていた。でも(私がせっかちなだけだったのだろうけど)中々何も起こらない。

 そんな状況に待ちきれず口を開こうとしたその時。神様の体は眩い光に包み込まれた。後光とは違って体全体が光っているという感じだ。

 そしてあっという間に神様型(分かりやすく言えば狼型)の光塊が出来上がったかと思うとそれはみるみる内に姿を変化させ始める。つい先ほどまで横に長い四足歩行だったはずの光はどんどん縮まっていく。その目の前で起きる摩訶不思議な出来事に私が目を丸くしている間もその変化は続き、ついにはとある形態のまま光は静けさを取り戻していった。

 そして光の中からこの世界へ姿を現したのは、私の知る神様とは全く違った姿形。神様はむしろ私の見慣れた、人間の姿へと変わっていたのだ。パッと見た感じだと全くの別人に見えるのだが(別人というかもはや別種だから当たり前なんだけど)、よく見れば銀色の髪に切れ味のある三白眼と狼の姿をしていた時の特徴が所々に散りばめられていた。

 兎に角、ほんの数秒前まで狼姿だった彼が今では和装の人間となっているのは、さすが神様と言うべきなのかもしれない。

 そんな感動混じりの感情に当然ながら当時の私も胸を一杯にしておりサーカスでも見たような表情を神様へと向けていた。


「おぉー! すごい! ふわふわがぱぁーって変わっちゃった!」


 それはもう語彙力が崩壊する程に興奮していた。


「おぉー! 神様は人間にもなれるんだね」

「本来の姿形はとうの昔に消えた。故に成った訳ではない」

「でも神様はおっきいふわふわでしょ?」

「――好きに決めろ」


 幼い私では理解出来ないと悟ったのかそれとも一瞬にして面倒になったのかは定かではないけど、神様は小さな溜息を零しそう呟くように言った。


「でもこれで神様は神様じゃないから誰も分からないね」

「だがお前が神と呼ぶのはどうなんだ?」

「あっ。そうだ……」


 これに関してもさすが神様と言うべきなのか、いや、これは単に私が見落としていただけだと思う。だって普通の人でも気づくと思うし。


「神様って名前なんて言うの?」


 ここにきて私は初めて神様の名前を尋ねた。何故か神様は神様だと思い込んでいたから今までは疑問にすら思わなかった訳だが。

 だけどこの質問に対して神様は首を横に振った。


「儂に名などない。だが神と崇められていた頃は真口神と呼ばれていた」


 そう言われて祖母も真口様と呼んでいたことを思い出した。

 ここで私は(先程の反省を踏まえたのかは覚えてないが)、素直に真口様と呼ぶのは神様と呼ぶのと変わらずバレてしまうと思い別の言い方を考え始めた。

 そして長考などはせずに瞬時に思い浮かんだ名前を口にした。


「真! それじゃあこれから神様は真君ね」


 その時は何故その名前が真っ先に思い浮かんだのかは分からなかったし、気にもしていなかった。でもそれは大人になった今は良く分かる。けどそれは秘密だ。一つ言うとすれば自分の中で生まれていた感情なのに中々気が付かないこともあるってこと。


「何でもいい。好きにしろ」


 相変わらず興味なしな神様改め真君――いや、私は真口様と呼ぼう。変な感じもするし……。


「じゃあ行こっ! こっちこっち」


 段々と楽しくなってきていた私は意気揚々と真口様の手を取り走り出す。そして神社の横を大きく回り長い階段の中腹辺りまで戻ってくると、神主さんがいないかを慎重に確認してから迅速に階段を下り始めた。緊張の一瞬だったが何とか神主さんと顔を合わせることなく神社の下まで下りてくることができた。気持ちはさながら敵組織に侵入し無事脱出したスパイ。


「ふぅー」


 私がその事に一息ついていると真口様は頻りに辺りを見回していた。


「どうしたの?」

「もはや儂の知っている風景ではないな」


 その時はその感覚が全く分からなかったが、今は少しぐらいなら分かる気がする。昔住んでた場所が大きく変わってたり地元に帰った時に在った建物が無くなってたり、逆に無かった建物が建ってたり。少なからず変化を経験する事もあったから今ならそのどこか感傷的な気持ちが分かる気がする。

 でも彼の場合は私のとは比べ物にならない時間と変化を体験しているはずからそれは今でも少しだけなのかも。


「だがそんな分かり切っていた事などどうでもいい。それよりどうやって見つけるつもりだ?」


 私は一緒に探すとは言ったがそんな事まで考えておらず首を傾げた。


「分かんない」


 言葉の直後、呆れたと言う無言の言葉が付いた溜息がひとつ聞こえた。


「でもとりあえずレッツゴー!」


 ここで私は大きなミスをしてしまった。それは彼が一体誰のお墓を探しているのかを訊かなかったということ。つまり私は誰のかも知らないお墓の場所をこんなにも意気軒昂と探そうとしていたわけだ。

 そしてそんな風に一歩目を踏み出した私の後に真口様は何も言わず続いた。この時、彼は一体何を思っていたのだろうか? もしかしたら呆れて物が言えなかったのかもしれない。

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