第28話 アンヌ・フローラ
俺はわけが分からずニノンの病室に追いつくと、ベッドはもぬけの殻、アークも姿を消していた。
ベットは今しがた少女が起こされて、布団がめくれあがっている。この短時間でどこに消えた。
部屋の明かりが危険を表す赤い光に変わっていること以外、変化はみられなかった。いや、よく見ると床にスズランの小さな花がある。拾ってニノンに渡したはずだ。不自然に床に食い込んでいる。
赤い光で見にくいが、指でなぞると明らかな境界線がある。まさか、隠し階段?
「動くな」
現場は抑えたとばかりの威圧的な声とともに
病室のベッドを蹴り飛ばし、部屋を広くしたところで俺を囲む陣形を組む。長いノズルが俺の後頭部に次々に向けられる。
「何のパフォーマンスだ」
こいつら、外でやらなくてもこういうわざとらしく、人をさらし者にするような陣形を組む。殴られなかっただけましだろうかと思っていると、明らかに下っ端が俺の脇腹を思い切り蹴った。
鈍い痛み。耐えられなくはないが、腹立たしい。ぐっと堪えて、こいつら全員睨みつけてやろうとしたとき、ノズルが後頭部を殴った。細いノズルだけあって、鈍器よりもピンポイントで陥没するんじゃないかというキンとした痛みにもんどりうった。いよいよ、はじまるのか。革命グループにはこいつら容赦はしない。
「よしなさい。暴虐はそんなふうに事務的に振舞うものではないわ。ほら、理解できずに痛がってるじゃない。どうせ殴るなら報復が伝わるように殴りなさい」
廊下をさっそうと歩く金髪の髪が見えた。扉まで来ると皮の軍隊ブーツの足先が見える。群青のコートのすそが、顔の上でちらつく。見上げると青いズボンには黒いバツ印の柄が入っている。
向き合わされた軍人の前に、憎々しげに唾でも吐く勢いで視線を投げたが、猛禽類にそっくりな鋭い眼光と、獲物を捕らえたような含んだ冷笑に出会う。
テレビでよく見慣れた金髪のポニーテールは、いささか光の加減で茶髪に見えたがそれでも眩しい光沢だ。若い割りに頬には少しほうれい線もあるが、それが威厳を備えて
まさかお出ましになるとは。エルザス(こいつらはアルザス呼びだが)を統治する最高司令官総長、アンヌ・フローラだ。
まずい、終わりだ。処刑、拷問、さらし首。顔を見てもよからぬ単語しか浮かばない。公開処刑ならまだいい。
施設に収容されようものなら、人格が変わるまで薬づけにされるといった都市伝説まで存在する最高司令官総長様だ。
「あなたたち革命グループが何故、軍と名乗らないのか。分かる気がするわ」
そういって、俺の上着の襟を丁寧に整えた。振り払おうにも電子手錠はびくともしない。
「はじめまして。革命グループ『ブラオレヴォル』幹部のダニエル・ディールス。こんな一方的な形で逮捕できるとはまさか、誰も思わないでしょう。尋問室も用意できなくてすまないわ」
拷問部屋の間違いだろう。
「まあ、あなたが爆破テロの主犯格であることは疑いようのないことだけど」
「テロは俺じゃない。あれは上層階の、お前らが仕組んだんじゃねぇのか? あれは花火のはずだったんだ」
「花火? 爆弾のことを花火と例えて盛り上がる連中もいるでしょ。あなたたちのようなお祭り騒ぎの好きなグループは」
まるで子供扱いだ。だが、これだけなめられているなら、隙をついて逃げられるかもしれない。俺は少なくとも今さっき目覚めたばかりとはいえシンクロ能力者だ。アークの住処に来れたのなら、別の場所に移動だってできるはずだ。
俺がほかのことを考えていることを見抜いたのか、アンヌ・フローラはしゃがみ込んで視線の高さを合わせた。
「逃げようなんて考えないことね。あなたの命なんていつでも個人データを削除するように削除できるんだから」
Uコードシステムのことか。いや、俺がUコードシステムの存在を知っていることに気づいている。
「そう驚くことないわ。Uコードシステムはありふれたシステム。普段から傍にあるものを疑問に思うか思わないかということだけ。友人を亡くしたらしいわね。哀れね。システムに気づかずにそっと眠りにつかせてあげればいいのに」
マルコのことも知っているのか。やはりシステムを直接触れて管理しているとみて間違いない。
「あなたたちが他者にUコードシステムを助言することも危惧すべきだけど、それは互いにアルザスの崩壊というリスクがある。それよりも、わたしたちが目をつけたのは、革命グループ幹部がレーサーをやっていて、かつ重要人物に接触している可能性のあること」
どういう意味だろうか。俺は革命グループ幹部として刑罰を食らうのではないのか。Uコードシステムの存在を知った俺たちを消したいのではないのか?
「あなたたちの組織を解体するよりも先に、はっきりさせておかないといけない。彼の自宅で何をこそこそしているの?」
まさか、アークを探しているのか。革命グループより重要な人物だって? 内心ターゲットが俺たちじゃなくて安堵して薄ら笑いまで浮かべてしまった。
「知り合いなんでね」
「それなら、話が早いわ。彼はどこ?」
「何故、やつに用があるんだ」
「質問はこっちがしてるの。張り込みしていたかいがあったわ。どこから入ってきたの」
俺はどことも答えず、意識でアークを探した。どうやってシンクロしたのか。何とか脱出しなければ。
「黙ってても仕方ないわよ。革命グループのメンバーは、ダニー・モーレイが大方話したわ。リーダーのイザークのことも。Uコードシステムを使って、リーダーを今すぐ殺してあげてもいいのよ」
イザークのこともばれているのか。終わりだ。俺はともかくイザークだけは死守しないと壊滅的だ。
「ダニー・モーレイは私が雇ったわ。違法レースも、泳がせた。爆破も計画のうち」
やっぱりあの、ダニー・モーレイの野郎、ただじゃおかない。
「下層階に罪を着せるためだったわけだろ! そんなの初めから分かってたよ」
「下層階も上層階に一泡ふかせたと喜んでたじゃない。そう望んでいたことは事実でしょう」
「上層階の転覆は今じゃ誰でも願ってる。口に出さないだけだ。出させないようにさせてるのは、お前らだろ」
俺を押さえてる一人に警棒で腹を殴られた。呻くと声が詰まるまで何度も殴ってきた。
「ほどほどにしなさい。医者の居場所を吐かせるのが先決よ」
意識が飛びかけたところで、アンヌ・フローラが顔をつき合わせた。
「アーク・ドレイシーはどこ?」
あいつドレイシーって言うのか。エルザスでは聞きなれないラストネームだ。ランセス人でもウィツァ人でもない。
「ドレイシーがあなたを下層階に逃がす手引きをしたみたいだけど、あの男が人助けなんて珍しいこともあるのね。しかも、今日ここにあなたがいるということは間違いなく会っていた。行き先に心当たりは?」
「アークのことに詳しい口ぶりだな。俺よりあんたらのほうが詳しそうだ」
「そうね。確かにドレイシーについては私たちの方が詳しいわ。本来なら、あなたを拷問し、レーサー、及び革命グループを摘発、処刑の流れになるところだけど、ドレイシーと接触したあなたは生かしておくことにするわ。運がいいわね」
アンヌ・フローラが立ち上がると、俺もアークの作業部屋に移動させられて近くの椅子に座らされた。両側に
「残りはこの建物の捜索を」
「彼は本物のコーヒーを持ってるわよ。豆から淹れるのよ。下層階のあなたは見たことがないでしょうけど」
「俺に何をさせたいんだよ」
「彼の居場所だけ答えればいいのよ。心当たりがないのなら、この部屋の捜索が終わり次第あなたにも彼の捜索に参加してもらうわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます