第19話 人口が二人ずつ減っていく
「な、何言ってるんだよ。人口を調節? このエルザスで?」
イーブンを握る手が汗ばんだ。
「ああ。人類の増加に対して、出生ではなく、死没を人為的に操作することによって、人口増加を抑えている。具体的には、一人が死ぬとその人とランダムに設定されたもう一人の人間が死ぬ。老若男女問わずだ」
「何なんだよそれ。じゃあ、このエルザスの人間は全員管理されてるっていうのか?」
馬鹿馬鹿しいにもほどがあるので、唾も飛んだ。
「支配されていることになるな。ペアリングされて死んだ人間はみんな診断書にこう書かれる。
俺は息苦しくなって襟元を広げた。
「つまり、
じゃ、マルコは誰かがこのエルザスで死んだことで、道連れにされたのか?
「更には上の連中は、電話一本で特定の人間を始末することもできる。ターゲットのペアを殺せばいい」
「ちょっと待て、そんなことしたら暗殺どころの話じゃ。政府がやってるのか?」
俺がまくし立てるとイザークは強い口調で豪語した。
「最高司令官総長アンヌ・フローラが管理する選民思想に
「そ、そこまで分かってるのか。でも、そのシステムが実在するなら、どれだけ多くの人間が死んでいるんだ」
人口が二人ずつ減っていく。だが、下手に動けば俺たちも殺されるってことか。マルコは、ただ人類が増えすぎたという理由だけで殺されたのか? マルコである必要もなかったということではないか!
ほかの誰かが死ねばよかったんだ! 何でマルコが。いや、俺だって死ぬ可能性があったんだ。ペアリングが無差別だなんて、誰が許したんだ! 非人道的すぎる。
「いや、もしかして、今日の新人とマルコの死亡時刻は同じなんじゃ」
「おそらくそうだろうな。こんな身近に起きることなんてめったにあるもんじゃない」
「元凶はアンヌ・フローラなんだな?」
窓から差し込むホールの暗い空を仰いだ。太陽の代わりのほの暗いライトに照らされてたくさんの埃や、排ガスが黄色く渦巻いている。
「革命の敵ははじめからあの女だ。今も、ツインタワーで熱心に殺してるんだろう。まあ、システムは昼夜問わず自動で動くからシステムと呼ぶんだ」
「何でそんなにのん気なんだよ」
「上層階と下層階の平等なんて言ってる時期は過ぎたかもしれないな。革命は、上層階を叩き潰してはじまるんだ。エルザスをぶっ壊すつもりでやらないとな。まあ、お前の下の連中にはUコードシステムのことは何も言うな」
俺は視界がかすむような気がした。
「何でだよ! 今もこうして誰かが死ぬと、ほかの誰かも道連れになってんだぞ!」
「ダン。真実を暴くと混乱を招く。混乱は市民に与えるんじゃない。政府に与えるんだ。下層階の人間に教えたところでパニックになって、政府にペアリングを意図的にいじられて、そいつらが無駄死にするだけだ」
でも、俺は我慢できないので拳を握り締めた。一刻も早く手を打ちたい。マルコのいないエルザスを嫌いになりかけていたが、せめてUコードシステムをぶち壊したい。
「まず、俺たちのやることは、俺たちのペアリングを外すことだ。そうしないと、行動に移したときに真っ先に殺される」
「でもどうやって」
「ペアリングを外すことができる人間を俺はずっと探してきたが、医者ができるのは確かだ。
だが、下層階の医者はいわば下層階の連中にも知られていない特権階級だ。
通報されかねないからな。ほかにペアリングを外せる可能性のある人間はお前の言ったアークだろう。
それだけの医者なら、Uコードシステムを回避している可能性が高い。ただし、そいつがどこまで信用のおける奴かはお前の判断に委ねるしかないが」
確かにアークなら何でもできそうな気がする。あまり関わりたくないが。ペアリングを外すことに外的治療が必要となると、Uコードシステムは、体内に何かを埋め込むことで成り立っているのだろう。信用のおける相手でないと体内をいじり回されるのは御免だ。かといってこれといった宛てもない。
「リアに聞いてみるか? 下層階の医者ならあいつがデータベース化してる。非常時に革命グループであることを偽って受診可能な医者のリストだ」
イザークは仕事に戻るとイーブンを切った。あいつの仕事は革命グループとしてのビラ作成や覆面での街頭演説を指す。実際に金を稼ぐための仕事は秘密らしい。噂通りの元々金持ちだったのだろうか。
リアに上層階とのコネのありそうな医者を調べて欲しいとメールを送った。といってもまるで俺もアークのことを知らなさすぎるので、何も検索にヒットしないだろう。
しかしリアは返信が早いので、結論を出すのに時間はかからなかった。何も知らなければ一番大きな二十番ホール中央病院を調べたらどうかとのことだ。
そこなら何かしら上層階の影響も受けているし、患者の中から革命グループがいないかと抜き打ちの訪問もあるぐらいだ。上層階との繋がりはあるだろう。リアは俺の調べている
〈あんたが、マルコのこと気にしてるのは分かってるけど躍起になって馬鹿なまねはしないでね。上層階の医者でも人の生死は覆せないんだから〉
生死を覆せないなんて生意気なこといいやがるな。と、頭の中でマルコの声がする。同感だ。マルコのことにおいても、リアははっきりものを言う少女だ。俺がまだ狼狽していると思っているのだろう。
リアの提案の二十番ホール中央病院は俺とマルコが氷漬けで死体送りにされた病院でもある。アークから俺たちを受け取った医者がいるはずだ。そいつからアーク本人の居場所も聞けるかもしれない。
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